12



夏。
俺はとても浮かれていた。
上機嫌な鼻歌なんて歌いながら待ち合わせの場所に向かった。
俺にとってはデート。まあコブ付きだけど。
キャナリ、イエガー、俺の3人で出かける予定の日だった。
キャナリとイエガーは恋人同士で、俺自身も馬に蹴られて死にたくはないし2人の恋路を邪魔するなんて野暮なことはしないが、俺はキャナリが好きだ。こう考えるとコブは俺の方か。
キャナリはイエガーにされることや、俺からのからかいにすぐに顔を赤らめるほど純粋で。けれど自分の決めたことにはどこまでも真っすぐで強い意志を持っている魅力ある女性だった。
待ち合わせの場所まで辿り着けばどうやらまだ2人は来ていないらしい。
壁にもたれて2人を待てば、数メートル先から見覚えのある姿が見える。
軽く手を振ってそちらへ向かおうとすれば、キャナリが叫んで、次の瞬間俺の目の前は真っ暗になった。


「っ…!!」


大量に汗をかいていたらしい、嫌な汗だ。
あの日、16歳の少女の話を聞いてから良くこの夢を見る。
今日は終業式だ。早いとこ嫌な汗を洗い流して着替えなければ。
服を脱ぎ捨てて洗濯機の中に放り込み、ふと胸の傷を撫でる。


「…いい加減会いにこいってことか…」


鮮明に覚えている過去と夢は寸分違わず一緒で驚くと言うよりは自分がここまで戒められているのか、と乾いた笑いが零れた。


△△△


「明日から夏休みだけどみんな問題とか起こさないようにね!おっさん困っちゃうから!!
あとめんどくさいと思うけどちゃんと課題もして来て頂戴よ!」


終業式後の最後のHRだ。
他の先生はもっとまともなこと、学生の本分を忘れず〜とかなんとか言うだろうけど実際学生時代に面倒だったのは事実でかしこまったことは校長が終業式で言っていたことだしテストもあけて浮かれた学生たちにはこのくらいが丁度いいだろう。とへラッと笑ってHRを締める。
俺の話が終わったのを皮切りに学生達は、どこいく?だとか、夏休みいっぱい遊ぼうね!とか予定の確認をしている。
ふと、後ろの方に目線をやればはちみつ色の髪の毛を一つに束ねた少女もまた嬢ちゃんとスケジュールを睨みっこしている。


「先生はどこか行ったりしないんですかー?」


急に前の方の生徒に声をかけられ目線をうつすとキャッキャッとギャルの集団が俺を見ていた。


「ん?おっさんは…そうねぇお仕事あるからなあ!」
「えー海行こうよー先生車持ってるじゃん!」
「熱烈な足役のお誘い…!おっさんとデートしたいなら話は別だけど!!」


あはは、と笑う目の前の生徒をよそにもう一度後ろを見れば一度目が合った気がした。



△△△


「じゃぁ再来週海に行きましょうね!」
「りょーかい」


エステルは前回同様キラキラと目を輝かせながら、フレン先輩と考えてきたであろう作戦会議の成果を私とユーリ先輩の前で披露していた。
実は湘南の方にエステルの別邸があるらしく、そこで一泊予定だそうだ。
本来なら自宅にいるお手伝いさんなんかも連れて行くらしいのだが、フレン先輩の提案もむなしくエステルはみんなでご飯を作って過ごしたい!とすべて自力で行うプランらしい。
ユーリ先輩は、本当に大丈夫なのかそれで…と何かを心配しているようだが、別荘でみんなで一泊。となると楽しみではないと言ったら嘘になる。


「あ、エステル。私水着ないから新調したい!旅行前に買い物行かない?」
「わぁ、もちろんです!!姫に似合うものを一緒に選ばせて下さい!!」
「お、じゃあその水着期待しておくわ」
「ユ、ユーリ!!セクハラだよ!!」


ケラケラと笑うユーリ先輩を咎めながら少しフレン先輩もこちらをみるので、少なくともフレン先輩も女子の水着を期待していると見た。
この間の林間学校では海には入っていないし、まぁ水着って見えそうで見えないって言う男のロマンですよね。なんてフレン先輩をからかいの的にする。
姫まで!!なんて声を張り上げるもんだからユーリ先輩と顔を見合わせて笑った。


△△△


後日、エステルと頭をひねりながら、身体のここを隠したい、だとかここはもっと長い方が…とか水着屋さんで熟考した。
満足の出来るものを選び、私も欲しくなってしまいました!!とエステルと同じ買い物袋を手に帰路についた。
旅行は来週にまで迫っており、旅行前に私はある場所に足を運ばねば、と次の日、早起きをした。
そろそろ外に…と玄関の前で鞄の中身を確認すれば、隣の玄関が開く音が聞こえる。
先生も出かけるようだ。学校かな、と呟いた。
外へ出て目的地へ向かうべく駅へ向かった。
先生がいるだろう、と駐車場の方へ少し目をやった時には先生の車はなかった。


電車に乗って、元々住んでいた隣町の方へ行く。
降りて目的地へ向かう前に、花屋さんで花を買って黙々と歩いた。
あっという間にあの日から1年が経った。今日は両親の命日で、花を買ったのは両親の元へ届けるためのものだ。
孤児院では何度も励まされ皆に背中を押されて入った学校ではトラウマと直面する場面はあったが周りが暖かくなんとか1年1人で立ち続けられた。
夏だと言うのに着いた目的地は少しひんやりしている気もする。
とても静かな空間で、両親が眠る場所で足を止めた。


「お父さん、お母さん久しぶり、姫だよ。」


返事はもちろん返ってこないが話しかけ続ける。
墓石を拭き、周りを掃除し、両親のために買って来た花を生けた。
なんだかんだで生活出来ていると、学校で友達ができたよ、と自分の近況を報告する。
途中で涙がでそうになったが、鼻をスンとならして堪えた。


しばらくの間、墓石の前で手を合わせていると、後ろの方でザリッと砂利を踏む音が聞こえた。
お盆前だと言うのに私と同じで墓参りに来た人がいたらしい。


「……キャ、ナリ…?」
「へ?」


周りには誰もいないはずなのだが後ろにいるであろう人物は私のことを誰かと間違えて声をかけているのだろうか。
くるりと振り返れば、学校に行ったと思っていたレイヴン先生が目を丸くしてこちらを見ていた。


「せんせ…?」
「…!ごめん!姫ちゃんだったか…」
「いえ、」


小さく聞こえた気がしたのは女性の名前だろうか。少し落胆しているだろう先生に少しもやっとする。
肩を落とし片手で顔を覆う先生のもう片方の手には花束があった。


「先生も、ですか?」
「…ああ、うん。古い友人の、ね」


なんとも言えないくらいに気まずい空間ではあったが、両親の墓のすぐ近くまで先生は来て手を合わせてくれた。
”おっさんは姫ちゃんの先生やってます。なんならお隣さんだったりします。”なんて目を閉じて呟くものだから少し可笑しかった。
私が少し笑っていると、先生は持っていた花束から一輪花を取りだして私が持って来た花と一緒に生けてくれた。


「ありがとうございます…。」
「いーのいーの。むしろ何もなくてごめんね。おっさんもちょっと挨拶言ってくるわ!
あ、送っていくから姫ちゃん車で待ってて」


断ろうとする間もなく車の鍵を渡され、先生は会いにきたであろう人の場所へツカツカと歩いていってしまった。
片付けをして、鍵をもって車の方へ向かう。
先生はそこまで離れてはおらず、花を手向けて墓石に向かって話していた。

車に乗って待っていれば少し小走りで先生が現れた。

「ごめんごめん、お待たせ!」
「いえ、むしろ送ってくれるなんてすみません」
「いーのよ、おっさんと帰る先一緒じゃない!」

へラッと先生は笑う。さっき車から見えた先生の顔は前に見た真剣な顔ぶりとはまた違う物悲しさはどこへ行ってしまったのか。
先生は私から車の鍵を受け取ると慣れた手つきで車にエンジンをかけ走り始めた。
車内では、夏休みに出かける先があるの?だとか
ま、まさか青年とデート!?なんて先生が茶化しながら話を進める。


「いいなー!おっさんも嬢ちゃんの別荘で青春したーい!」
「クラスの女子からのお誘い断ってたじゃないですか!」
「そりゃぁね、一応先生ですから…あんな大勢の前でオッケーしちゃったらおっさんみんなのアッシーになっちゃう…!というか姫ちゃんアレ聞いてたのね!!
なになに、姫ちゃんおっさんとデートしたいの!?」


おっさんモテモテー!なんて笑いながら先生が言う。
正直クラスの女子が先生に遊ぼうと声をかけていたのは、声のトーンが高く通る声の女子だったため後ろまではっきり聞こえていた。
エステルとスケジュールを見ながら女好きの先生はオッケーしたりしてしまうのでは…なんて思いながら先生の方を盗み見ていた。
そしてすぐに断りを入れた先生と目が合って慌ててすぐそらしたが、なんだかホッとしたのも覚えている。


「じゃあ、大勢の前じゃなきゃいいんですか?」
「え…姫ちゃん…?」
「先生来週暇ですか?」


ここ最近先生に対して少しモヤッとする。
先生を誘ったのは出来心だ。




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