*美彩time
[美彩]
今日は金曜日。
つまりバイトが忙しい日だ。
酔っ払いの数も他の平日に比べたらかなり増え、その分いろいろある。
注文を受けてキッチンに戻ろうとすると、若い女の子グループの注文を受けている優の姿がふと目に入った。
『ビールください。』
『えっと…年齢確認だけさせてもらってよろしいですか?』
『私達何歳に見えますか?』
『んー、20歳ぐらいですか?』
『ぶー。22歳でした!』
『全然見えない。みんなめっちゃ可愛いですし。』
なにやら楽しそうな雰囲気。
優は初対面でも人の懐に入るのがうまい。
それは家に来た時から感じていた。
愛想いいし、気がきくし、子犬っぽい感じとかたまらなく可愛い。
時間が経つにつれて店内が騒がしくなってくる。
注文を受けて飲み物を運んで、ご飯を運んで…
こっちは常に動き続けなきゃいけない。
「お待たせしました。梅酒ロックとビールです。」
『ねえねえ、お姉さん。連絡先教えてよ。』
酔ったお客さん達に連絡先を聞かれるのはよくある事。
いつも通り軽く流す。
でもしつこいお客さんもいる。
『いいじゃん。一回だけ遊ぼうよ。』
「すみません、連絡先の交換禁止されてるんです。」
『じゃあ終わるまで待ってたらいい?』
返事に困っていると、たまたま近くを通った優がこっちの様子に気づく。
『お待たせしました、おしぼりでーす。』
『おしぼりなんて頼んでないんですけど。』
『あれ?すみません、間違えました。向こうの人でした。美彩新しいの持ってってくれる?』
そう言ってテーブルから離れるように促してくれた優も、せっかくですからお使いくださいと言ってすぐにテーブルから離れていた。
「ありがと。」
『心配させないで。』
そう言って頭をポンポンとされて思わず口元が緩む。
しばらくして今度は優が捕まってるの見つけた。
さっきの女の子グループだ。
『連絡してねー?』
「はーい。」
『絶対してくれないじゃん。その返事。』
「忘れなかったらしますよ?じゃあ、こちら伝票です。レジまでお待ちください。」
立ち上がった時によろけた1人の女の子を支える優。
飲み過ぎですよって笑っている。
女の子はまんざらでもなさそうな顔をして体勢を立て直し、歩き始めると振り向いてもう1度念押しで優に忘れないでねと一言。
片付けを始めた優はもう興味なさそうで安心する。
そんなこんなで閉店の時間になり、片付けをしていると賄いができたとテーブルに運んできてくれたキッチンスタッフ。
優の正面に座り話しかける。
「今日何で来た?」
『自転車。』
「やったー。」
『後ろ乗る気でしょ。』
「その為に自転車で来てくれてるんでしょ?」
『たまには美彩が前ね。』
着替えてお店を出ると、先に出て行ってた優が遅いと少し不機嫌。
後ろに乗るとゆっくり発車した。
暗い夜道を風をきって進む中、優のお腹に手を回して抱きつく。
「ふふっ 」
『何笑ってんの。』
「なんだかんだいつも後ろ乗せてくれるなあと思って。」
『優しいからね。』
「そうだねー。優しいねー。」
『棒読みだなあ。ナンパされてたのも助けてあげたのに。』
「あれは、ありがとう。優は?女の子達に連絡した?」
ロッカールームの机に連絡先の紙を忘れたと笑っている優。
今頃店長に捨てられているだろう。
優が適当な性格でよかったと思う反面、あの女の子達が優を好きになる気持ちも十分に分かるが故にかわいそうだなとも思う。
でもライバルは家にいる2人で十分だ。
「ねえ、遠回りして。」
『遠回り?もうすぐ着いちゃう。』
「止まらないで。」
家の前をそのままのスピードで通り過ぎた優。
どこ行こうかと言いながら漕ぎ続ける。
『なんか嫌な事でもあった?』
「…ないよ。」
『そっか。』
優が前を向いたままボソッと呟く。
優が足を止めたのは小さな公園。
ベンチに座って空を見上げる。
雲は全然ないのに星が全然見えない都会の空。
綺麗な満月だけがはっきり見える。
『月、綺麗だね。』
「えっ…」
『久しぶりに満月見たかも。』
うさぎさん餅つきしてるかなって笑っている優。
確かに月は綺麗だけど…
一瞬ドキッとした気持ちを返してほしい。
「ばか。」
『え?』
「でも優らしいか…」
『どういう意味?』
「内緒。」
頭の上にハテナをたくさん浮かべて納得のいっていない優は、自転車の方に向かい帰ろっかと言って自転車にまたがり、私が乗るのを待ってる。
「優後ろでいいよ。」
『やったー。』
そう言って前に乗って走り始めると後ろで眠いと言って、ギュッと私に抱きつく優。
優から抱きつかれるのってあんまりないから新鮮だなあ。
そんな事を思っているとあっという間に家についてしまった。
『ありがとう。』
「こちらこそ。」
『また後ろ乗せてね。』
そう言ってニコッと笑った優。
2人は知らないバイト終わりの私の真夜中の特権。
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