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此れがひとと謂ふものです様提出
サリンジャーパロ
差別用語の使用有り
来神→25話






高校二年の夏。俺は少しブルーになってた。
毎日のニュースじゃ汚職だの殺人だのスキャンダルだの、くだらないものが世界を埋める。そういったものが嫌いかと聞かれれば、答えはノー。不正や欺瞞なんてものは地球が出来たときから徐々に徐々に世界を満たしていってる。だから好き嫌いじゃなくて、諦めてる。
でも、許せないものもある。
例えば公園の落書き。ヤリマンだのビッチだのってアレね。俺の妹たちやほかの小さな子供たちがソレを見るかもしれない。彼女らが不思議に思って誰かに聞けば、マセガキが本来のセックスの意味をすっかり歪めて教えるんだ。忌々しい。吐き気がする。
俺の力じゃ世界中に書かれた厭らしい単語を消すことなんて出来やしない。そういう些細なものが俺を憂鬱にさせる。

昼休み、いつも通り4人で屋上で昼飯を食べた。教室に戻る途中、夏の暑さのせいか吐き気がした。
軽い目眩で階段の壁に手をつくと『FUCK』って彫ってあったんだ。それが目に入った時、俺はもう吐いていた。
「う゛ぁ‥っ、ぅ」
「臨也!」
新羅が慌てて俺を支える。前を歩いてたシズちゃんとドタチンも振り返って立ち止まった。
「おい、」
シズちゃんが俺の肩に触れようとした。
「っ‥汚いから触らないで」
体を退いたらシズちゃんの顔が少し曇った。
でも触られたくなかったんだ。俺の吐瀉物やなんかだけじゃない。俺自身の汚さも壁のFUCKって文字も、全てシズちゃんは知るべきじゃないんだ。シズちゃんは綺麗なままでいるべきだ。
「僕が保健室連れて行くよ」
新羅が腕を回してくれたのに安心して力を抜いた。

養護の先生は俺を見るなり、新しいシャツやベッドの準備をしてくれた。そりゃあ汚物まみれの酷い姿だからね。新羅の家とは違う消毒液の匂いと、保健室独特の暖かさに不思議と気持ちが和らいだ。
先生は50代半ばくらいのおばさんだったけど、その手に触れられるのが気持ち良かった。しわしわの手は長い人生を表していて、当たり前なことなんだけど俺より先輩だ。先輩になら触られても不愉快じゃないんだ。俺より汚れてるからね。
先生は俺をベッドに寝かせると、会議があるからと新羅に何かを伝えてドアの前で俺を見た。
「お大事にね」
俺の価値も知らない癖に勝手に大事とか言うなよ。俺が俺を大事にするか否かは俺が決めることだ。アンタじゃない。そういう大人のクソッたれな身勝手さが俺を汚すんだ。

「ありがとうございます」
無言の反抗をした俺の代わりに新羅が答えた。
先生が出て扉が閉まると、新羅はベッド横の椅子に腰掛けた。
「どうしたんだい?」
医者の顔で聞いてくる。
「たいしたことないよ」
あぁ、たいしたことない。誰かに相談するほどたいした議題じゃない。
「臨也、この一節を知ってるかい?『未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある』」
「ウィルヘルム・シュテーケル」
どっかの精神学者の言葉だ。
「流石だね。知ってるなら話が早い。今の君はまさに前者だ。高貴な死を求めている」
新羅が殊更真面目な顔で言うから少し笑ってしまった。悪気は無いんだけどね。
「悪いね、俺に理想なんてイかれた夢は無い」
「静雄」
「は?」
「君の理想は静雄だろう」
「俺がシズちゃんの為に死ぬって?」
「有り体に言えば」
「ハッ!冗談にしちゃつまらないよ」
露骨に顔をしかめる。新羅が言ってることは的を射てるようで、てんで勘違いなんだ。
俺はシズちゃんを殺したいと思っても、シズちゃんの為に死にたいとは思わない。たぶん。
たぶんなんて曖昧な言い方は好きじゃないが、今の自分はとても曖昧なんだ。
少しだけ、シズちゃんの為に死んだらシズちゃんがどんな顔するのかって興味はあるかな。あともし誰か他のヤツがシズちゃんを殺すってんなら、いや不可能だけどさ、もし、ね。その時はシズちゃんを助けるな。だって俺以外の誰かに殺されるなんて不愉快じゃないか。それなら俺が死んだ方がマシだ。そう思うのは俺の青さだろうか。

「ねぇ新羅。やっぱ俺、未成熟な人間かも」
「自覚的なら救いがある。じゃあ放課後迎えに来るからさ、大人しく寝てなよ」
新羅は脈を測ると早々に出て行ったから眠ることにした。




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