そのとき。


「……息を殺せ」


瞬刹那は、苛見苛をぎゅっと握り締める。少女はビクッと身体を揺らした。
窓の外。
窓の外に、人影が。それも見慣れない色をしている。
黄金めいた茶色の短髪、切磋琢磨よりも小柄な体躯。それには不釣合いな、強靭な刃を持つ、大きな一刃槍。


「………っ」


少女は息を呑む。手足の震えを必死に押さえて息を殺す。
彼が、窓の外にいる彼が、仲間を殺していった人間のうちの一人。
恐怖心から来る震えは、笑えるほどに止まらない。指先が冷えて心許ない。
ただ抱きしめてくれる少女にとってのヒーローの熱だけが、心を委ねられる唯一だった。

男は辺りを見回している。
人がいないかを探っているのだ。
静寂にも似た緊迫した空気が張り詰めた。少女の額から、僅かに汗が垂れる。

暫くすると、その小柄な男は「この辺りにはいなさそうだぜ……」と溜息をついた。瞬刹那の表情がさっきよりも柔らかなものに変わる。


しかし。


やはり、神様はいなかった。
少女苛見苛に神様はいなかった。
運もラッキーもビギナーズラックも打ち捨てるように。
その小柄な男が。


“窓から身を乗り出して”、部屋をぐるりと見回した。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――ッ!!」



少女の口から信じられないほどの悲鳴が吐き出すように騰がった。
フラッシュバックする雨の日の恐怖。
臭い、感触、下卑た笑み、厭らしい空気、脂ぎった目つき。
その全てがぐるぐると蠢いて、恐怖心が最高潮に達する。

身を乗り出した男は「発見」と笑い、部屋に侵入してくる。瞬刹那は「しまった」と声を漏らして、啼き震える少女を抱えて部屋から逃げ出そうとする。


「逃がさないんだぜーっ!」


ビュンッ、と彼の一刃槍は薙がれた。
背を向けた瞬刹那の背中をあらん限りに蹂躙する。勢い良く鮮血が飛び、少女の顔に飛沫した。
動揺の涙と恐怖の涙、その全てが混在して、少女は上手く声を出せない。ただビクビクと震えているだけだ。


「ったく、探させてくれんだぜ。まさかこんなとこに隠れてるなんて誰も思わねーぜ。やってくれるなお二人さん」


そんな平気そうな声音で、平気そうな表情で、また槍を振るった。瞬刹那は間一髪で避けるがそのまま転倒してしまう。


「ぐっ……」
「………お、おじちゃ……」
「あれっ? 子供がいたんだぜ! うわっ、この野郎殺そうと思ってたけど、純粋な子供の前でそんなことは出来ないんだぜ!」


焦ったように項垂れる青年は、次の瞬間。


「残酷なシーンを見る前に、ガキはとっととオヤスミさせんだぜ」


苛見苛目掛け、槍を突き下ろす。


―――――少女は、やっぱり、と思った。
ほら、やっぱりそうだった。
神様はいない。
運もラッキーもビギナーズラックも何もない。
全ては運命で全ては実力で。
自分はここで死ぬために生まれてきたんだ。その為だけに、今まで生きてきたんだ。
こうやって死ぬために、殺されるために。
働かされた辛い日々も。
襲われかけた雨の夜も。
そして。
今日侵入者に殺されていった家族のことも。
ここで忘れられるなら、そんな人生も――――――運命も、悪くはないのかもしれないな。


少女に神様は、いない。
いない、何もありゃしない。

唯一つ、



「苛ッ!」



――彼女のヒーローだけしか。



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