たくさんの血の臭いと、たくさんの悲鳴が蔓延っている。その悪夢のような悲劇を前に、瞬刹那と苛見苛は、一階にある物置部屋の棚の影に、身を寄せ合って隠れていた。
先刻。
《ギルド》のボス、切磋琢磨のいないこの建物内に、侵入者が現れた。軍服姿のハイティーンほどの青年。それぞれがそれぞれ武器を持って、建物にいる人間を襲っていった。最初のうちは、数を武器に取り押さえようとしたのだが、全く歯が立たない。現れた三人は鬼のように強かった。

二人はこの部屋に隠れて未だ生きてはいるものの、いつ見つかって殺されるかはわからない。現に遠く離れた場所から、血の飛ぶ音、聞きなれた声の悲鳴が、耳の中を犇いている。

苛見苛は身を震わせた。
青白くなった顔からは、大粒の涙が溢れ出ている。
カタカタと震えが止まらない、カチカチと歯は鳴らしあっている。
そんなか細い少女の身体を、瞬刹那強く抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫や、絶対俺が守ったるから。お前は安心しろ。とにかく息を殺してここで耐えるんや」


その優しい声に、苛見苛は小さく頷いた。


苛見苛に神様はいない。
何年も味わってきた辛苦から、それはとうに理解していた。
世の中には運なんてない。ラッキーもビギナーズラックも存在しない。あるのは運命だけだと、まだ成熟しきらない無垢な少女が、悲しくも本能的に悟っている事実だった。
――あのときも、そうだった。
まだ少女がここにいなかった頃。窓から忍び込んできた、恐ろしい形相の主人。全身が怖気立ち、血が凍るような思いをした、あの雨の夜。
少女は必死の思いで逃げ出した。
運なんてない。ラッキーもビギナーズラックも何もない。あるのは運命だけだ。運命という、実力だけだ。
少女は自分に言い聞かせる。

運命は、実力。

そう、運命は実力だった。
それ以外の何でもなかった。
自分が売られたことも。
みすぼらしく働かされたことも。
あの恐ろしい夜に襲われかけたことも。
全てが運命。
全てが実力。


「せ、つな、おじちゃん」
「なんや?」


いつもなら。
誰がおじちゃんやねん、と怒る彼が何も言わない。
何も、言えない。


「皆…………もう死んじゃったのかなあ…………っ?」


その言葉に、返事はない。ただ、抱きしめてくれる腕の力が、強くなっただけだ。

全てが運命で、全てが実力で。なら、今日こうやって皆が死んでいくことは、運命で実力だったのだろうか。生まれたときから決められていたことで、限られた精一杯だったのだろうか。
そう思うと、心底恨めしくて心底歯痒かった。少女の涙は止まらない。


「………ごめんな」


瞬刹那は、言う。


「ごめんなぁ……、俺がなんも出来ひんくて、ボスみたいに強くなくて、皆を守れんで、ほんまにごめんなぁ……」


苛見苛に、神様はいない。
運もなければ、ラッキーもビギナーズラックもない。
何もない。
ただ、一つの希望。
少女の見つけた一つの幸福。


あの恐ろしい雨の夜に、自分を見つけ出してくれたヒーロー。


「そんなこと、ないよ」


瞬刹那だけしか。


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