#04 首なし鶏(2) 2/2



 無事に空の上まで逃げきったイヴとオズワルドだったが、食糧難と貧苦という、当初の問題は未解決のままだった。そもそも物資に喘いで外界まで下り、哀王との件を経ての今回のマイクの件である。わずかな資金と食も底をついてしまった。マイク頼りだった資金確保の目的はもちろん達成されておらず、今日も今日とて二人揃って腹を鳴らしている。
 いよいよ飢え死にするかというときに、なにもない上空よりは地上のほうがましだろうと、再び下界へ降り立ったのだった。
 一時はアンプロワイエに溢れていた下界だったが、ほとぼりも冷めている様子だった。その後、マイクがどうなったのか、イヴもオズワルドも知らない。よもや捕まったとは思っていないが、あのまま逃げきれたかどうかも不明確だ。そもそも、マイクは深い渓谷へと落ちていった。常人ならば死ぬような高さだったとイヴは記憶している。
 先日は市街を駆け回る逃走劇を繰り広げたイヴとオズワルドだったが、いまは何食わぬ顔で闊歩していた。どころか、日雇いの仕事をいくつかこなし、資金を稼いだあとだった。ノドロンを出れば情報の伝わりは悪くなる。あの日、マイクと逃走した男女の二人組など、地方の町は知らないようだった。
「結局、マイクとはナマコにならなかったんだね」
 大量の食料品の入った紙袋を片手で抱きしめるオズワルドはイヴへと呟いた。もう片方の手には梨が握られている。歩きながら、オズワルドは一口齧った。念願の果実を噛みしめて、ご満悦の表情だ。
 同じく、大きな紙袋を抱きかかえるイヴは「そうだな」と返す。
「出会ったばかりのころはともかく、アンプロワイエに追われるようになった状況下でも、あいつは自分のロマンを追い求めた。そんなリスクは背負えない。手を組んだときのメリットよりもデメリットのほうが多いと判断した」
「ふうん」
「元々は一攫千金を狙ってマイクを誘ったんだ。あぶくぜにの儲けがないのは少々痛いが」
「もう『ラベンダーズ・ブルー』は買えない?」
「『フィネガンズ・ウェイク』も買えない」
「残念だわ」
「しょうがない。金は地道に稼いでいこう。皿洗いとかで」
「イヴ、上手だったね」
「お前は下手すぎだ。何枚割った? 皿の弁償がなければ、もうちょっと稼ぎはあった」
 そのとき、乾いた風をまとうようにして、それ、、は二人に近づいてきた。洗練されていながらも、チープ感の漂う、絶妙なフォルムのバイクだ。タンクシェルは重そうで、ホイールは真鍮のように鈍く輝いている。黒塗りされたボディに跨るのは、ヘルメットを被った年齢も性別も不詳の人間。カーキ色のジャケットと白いマフラーを靡かせている。低い音を鳴らしてこちらへと近づいてくるバイクは、スピードを緩めて、イヴとオズワルドの前で止まった。
「手紙を預かっている。“イヴ”と“オズワルド”で間違いないな?」
 イヴは一瞬、監獄からの追手かと疑ったが、そうではなかった。囁かれた言葉は事務的な響きをしていた。イヴは小さく頷いた。バイクに跨る者は懐からクラフト紙の封筒を取りだす。
「風鳥と双子の花は?」
「ストレリチア」
 わけもわからず反射で答えてしまったイヴだが、あっけなく封筒は差しだされた。イヴの手元に渡った途端、バイクは煙と共に消えていった。
 茫然と眺めていたオズワルドだったが、一度目を瞬かせてイヴに尋ねた。
「今のなに?」
「運び屋のようだ」
「ストレリチアって?」
「Bird of Paradise」
 風鳥もストレリチアも同じスペルだ。
 合言葉だったのだろうと納得したイヴは、受け取った封筒の差出人を見る。
「……マイクからの手紙だ」
 イヴが封筒を開けると、写真葉書が入っていた。そして、簡素な「S.W.A.L.K.」の文字。愛をこめてとはなんの愛だろうとイヴは苦笑した。違う道を選んだ者同士にも、どうやら愛はあるらしい。
 葉書に載った写真を見て、オズワルドは「どこかしら」と呟いた。
 イヴから見ても、こんな場所はエグラドに存在しただろうかというほどの黄土色で塗りたくられた岩場の写真。処理の甘さもあり、実際の現場と色味は違うのだろうが、にしたところで見当もつかない。写真の中央では、青空の下で爽やかに笑うマイクが、奇虫の化石を掲げていた。
「天国や地獄かしら?」
「まさか。こいつは不死だぞ。言うなれば、こいつはいま楽園にいるんだ」
 マイクはガチョウでも鶏でもなく風鳥だったのだと、イヴは思った。



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