#03 首なし鶏(1) 4/4



 同時刻、一番のまぬけな無能と評されたことも知らないで、オズワルドは哀王の後ろを歩いていた。オズワルドを連れだした哀王は一言も話さない。それにならって、オズワルドも口を開かなかった。
 すると、一度、哀王は足を止めた。
 目前の大きな背中にぶつかる前に、オズワルドも足を止める。かすかに浮かせた片足の爪先をぐりぐりと揺さぶった。先日は迂闊なことを言って彼に殴られもしたオズワルドだったが、そんなことを歯牙にかける彼女ではない。相も変わらず暢気な様子で「なんの遊び?」と哀王に尋ねた。
「気になることがある」
「変な名前の遊びね」
「イヴから聞いたが、お前は無実の罪で収容所送りになったらしいな」
「哀王はなんの話をしているの?」
「お前の話だ」
「だったらそうだよ」
 オズワルドはあっけらかんと答えた。哀王は彫刻的な眉間に皺を寄せる。また睨まれているのかしら、とオズワルドは思ったけれど、哀王に恨み事を吐くそぶりはない。ただおもむろに口を開いたのだった。
「監獄の犯罪型録カタログに載る罪人にも“オズワルド”は一人しかいない。あの事件、、、、の犯人だ。あまりに程遠くてはじめは気づかなかったが……お前だったとはな。まさかそうとは思いもよらないから、イヴもまだ気づいてないだろうが、知らないわけがない、お前のことはエグラドの民なら誰だって知っている」
 滔々と話していた哀王だったが、そのとき、目の前の彼女にひびが入っていくのを見た。ついさきほどまでの、なにも考えていないような暢気な娘の顔が、みるみるうちに剥がれていく。その瞳すら、まるで深淵を覗きこんでいるかのようだった。小さな唇が開いたときには、見たこともない娘になっていた。
「貴方も信じてくれないの?」
 風の凪ぐような声だったのに、哀王の耳には震えて聞こえた。哀王は彼女に近づき、骨太な手をそっと伸ばす。滲みゆく睫毛すら閉じこめるように、その真っ暗な目を塞いだ。
「そんな顔をするな。わかってる」
 それ以上、二人のあいだに言葉はなかった。哀王はただ手の平に触れる睫毛が弱く伏せられたことだけを感じていた。何秒そうしていただろうか。彼女は一歩引くように、後ずさった。それに合わせて哀王が手を離す。すると、別人の彼女はもういない。なにも考えていないような暢気な笑みが、あどけなく姿を見せていた。



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