《主かく語りき》2/4


 せっかくいい勢いでここまできたのに、こんなことでひっくり返されるなんて。風向きの悪かった生徒にはかなりこたえる状況らしい。剣を床に突きたてることでなんとか立っているような状態だった。だが、そのとき、翼切は動きだす。
「むしろ追い風だろうが!」
 剣を思いっきり振り回し、震動のセツリを一緒くたに振り払う。
 相変わらずの力業だったと思ったが、ちゃんと考えての行動だったらしい。
 翼切のゴリ押しの攻撃により、震動のセツリは暴風のセツリの前に突き飛ばされる。そして、おそらく翼切はこれを狙っていたのだろう、ダメ押しが決まる――暴風により、震動のセツリが吹き飛ばされたのだ。強い風に乗って、翼切と共に長い廊下を一っ飛び。行き当たりの壁には風圧により花のような亀裂が走った。翼切は壁にぶち当たる前に床に剣を突きたてて着地する。抗うこともできずに一直線に飛ばされた震動のセツリは、凄まじい勢いで壁にぶち当たった。苦しそうな呻き声が漏れる。
「菜野!」
 膝を着いて風に耐えている翼切が叫ぶ。
 まふゆが剣を抜くと、俺の力で暴風がやんだ。
 その隙を突いて一斉に追い風側に回りこんだ。翼切は窓から外へと避難する。それを見計らってまふゆは納剣――他の全員で暴風のセツリを追い立てた。
「うあああああああっ!!」
 いくつもの声が重なり合い、混声合唱を奏でる。
 追い風を受け取ったその勢いは強かった。威勢負けした暴風のセツリは押しこまれ、震動のセツリと同じように端から端まで吹っ飛ぶ。
 一階、階段前、壁際――そこが目標地点だった。
 全員が撤退を始める。階段を駆けあがり、安全圏にまで移動した。
 ちょうどセツリの頭上の天井が、パラパラと軋んでいる。脆くなったように歪み、今にも落ちてきそうな状態だった。
「こっちは終わったぞ! 実花島!」
 外に出ていた翼切が声を張りあげて言った。
 五階の廊下の窓際から身を乗りだしていた実花島がオッケーサインを作る。
 翼切も避難を始める。実花島と共にドロップに混じっていた生徒は、親指を立てていた。頷く実花島に《変幻自由自在》は皮肉に笑う。
「誰が自分だけで戦いたいですって? やれるもんならやってみてくださいよ。ほら。ほらほら」
「あーもーうるさいなあ。悪かったって」
 実花島は面倒くさそうにぼやく。亜麻色の髪をがしがしと掻き、ため息をついた。
「そこそこ頼りにしてるよ」
「ふふ、最初からそう言ってればよかったんですよ」
「ムカチーン」
「なにやってんだ! 早くしろよ実花島!」
 別棟に避難していた翼切が窓から顔を出して怒鳴った。ドロップ役の数人も、実花島を急かすような目で見つめている。気だるげに「はいはい」と頷いて、壁に据えられていた設備器にケーブルを接続した。甲殻から鮮烈な緑の光が行き渡っていく。
「下に参りまーす」
 柄のレバーを押す――多目的ホールの床の大迫りを展開させ、灼熱のセツリを奈落へと突き落とした。
 ドロップ班の補助により脆くなっていた天井や床は、灼熱のセツリの熱と自重により容易に穿たれ、激しい音を立てて崩れていった。五階から一階まで一直線に落ちていくセツリ。そしてその真下には、暴風のセツリと震動のセツリがいた。
 衝撃。
 接触から一瞬で、その灼熱は業火と化す。
 暴風により熱気は広く舞い上げられた。凄まじい熱量だった。
 けれど、下敷きにされた二種のセツリは灼熱により確実に焼かれていく。オーロラのような光をはためかせる燃焼。弾け飛ぶような火の粉。勢いの激しい流星群にも見える。死闘があったとは思えないほど幻想的な光景だった。
 風がやみ、揺れも収まった――セツリが絶命したのだ。
「作戦成功だ!」
 ガイド班もドロップ班も歓喜した。
 ほとんど被害を出すことなく、二匹のセツリを倒すことができたのだ。
 だが、灼熱のセツリは生きている。あれほどの衝撃を食らったにも関わらず、しぶとく熱を上げている。吹き抜けになった四階の廊下の穴から、まふゆはそれを見下ろした。
「暴風のセツリは消えたのに、この距離でも相当熱いんだね……」
「だから、どの祓も灼熱のセツリには手こずってるんだろ」
 この学校の建物は天井が高い分、四階といっても相当な高さを持っている。一階にいるセツリには無効領域は届かない。おかげで一帯は相当に熱されている状態だ。これ以上近づいたら危ないだろう。他のセツリは全て倒せたわけだし、講師か祓に討伐を任せるしかない。やれることはやった。もう十分だ。
「誰かがとどめを刺さなきゃ」
 だというのに、まふゆは剣を抜いてそう言った。
 灼熱を受けてメラメラと燃える橙黄色の瞳に、俺は絶句した。剣を抜いた理由がわからないほどだった。俺の無効領域が届いていないことくらい、まふゆにだってわかるはずだ。ここからもっと近づかないと、意味がない。まさかとは思うが、一人で戦う気じゃないだろうな。
「ポーちゃん。セツリの状態はどう? 」
『スキャンします――生命レベル2。非常に脆弱です』
「それだけ弱ってるなら私でも倒せるよね」まふゆは深呼吸する。「一撃で仕留める」
 おい、という俺の声が間に合うことはなかった。
 まふゆはその場から跳び下りたのだ。
「まふゆっ! おま、なにやって……!」
 甲殻を器とする俺には感じることができないが、相当な熱だとは思う。まふゆの白い肌はたちどころに赤くなっていった。
 落ちれば落ちていくほど、逃げたくなるような灼熱に近づくことになる。
 まさしく灼熱地獄。俺が発した熱とは比べ物にならないほどの熱さだ。
「ひ、いっ」
 眼球も喉も熱され、乾き、晒した皮膚が焼かれていくのに、まふゆは短い悲鳴を上げた。そりゃそうだ。いくら甲殻で守られているとはいえ、遮断される熱にも限度がある。普通の人間ならとっくに音を上げているころだ。
 しかし、まふゆの意志が揺らぐことはなかった。
 まふゆは剣を握ったまま、前を向き続けている。
 そんなまふゆが、俺にはどうしようもなく――悔しかった。

 早くしろ。
 早くしろ早くしろ早くしろ。
 まふゆがこれだけ苦しんでるのに、なんで俺の力ははたらかないんだ。
 無効領域はまだなのか。早くしろよ。いつもいつもそうだ。俺はまふゆを待たせてばかりで、苦しめてばかりだ。こんなときまでまふゆを苦しめるのか。このままじゃ、本当に取り返しのつかないことになるぞ。
 早くしろ早くしろ。
 もう、なにも言えずにただ眺めているのには、いい加減うんざりなんだ!

――そのとき、セツリの熱が一瞬で掻き消えた。
 随分と待たせてくれたが、まふゆが焼き消えてしまうよりも先に、《大いなる無力》は正常に作動した。ただ落下による風が癒すように吹き抜くだけだ。
 まふゆは強気に口角を吊り上げて、剣を振りかぶる。
「っはあ!」
 強く振り下ろされたその剣は、灼熱のセツリを見事に仕留めた。
 完全に絶命した灼熱のセツリは、だらりとその体を溶けさせる。半液体状になったその死骸にまふゆは埋もれ、大の字になって寝転がった。そこからぼんやりと見上げると、吹き抜けになった穴からこちらを見下ろすクラスメイトの驚愕した顔。不自然なほど静まり返った空気。まふゆはしばし呆然としていたが、そろそろと手を上げて、ピースサインを作った。
「決着」
 わっと歓声が上がった。



<</>>


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -