《主かく語りき》1/4


 《変幻自由自在》の力により、壁に開いた穴は塞がれた。もう一度密閉された部屋の中で、今度は全員で――室内をコントロールしなければならない実花島を除く――円になって、これからどうするかを話し合う。
「えーっと、みんなの情報を整理するけど」籠中は中心になって進行させる。「いろんなセツリがいたみたいけど、一番厄介なのが合計三体。《少産・暴風・消滅》のセツリ、《多産・震動・消滅》のセツリ、《托卵・灼熱・肉食》のセツリ。灼熱のセツリは、十中八九、震動のセツリの産卵で現れたセツリだろうね。全長二メートルから五メートル。強力。この三匹を手分けして倒さないとどうしようもない」
「作戦としては、実力のある俺とこゆりんと飛馬くんが一体ずつ対応するように配置したほうがいいだろうね。まふゆの位置も重要になってくる。ナルくんの力で無効化するセツリをどいつにするのか……やっぱ、肉食な上に熱くて近寄れない灼熱のセツリ?」
 みんな納得したように頷いた。
 しかし、肝心のまふゆは、考えこむように逡巡、確信を持って実花島の案を断じる。
「私は、暴風のセツリにあたるべきだと思ってる」
「はあ?」
 翼切は怪訝そうに首を傾げた。それから急かすように「なんでだよ」と問いかける。
「ドライヤーとかと同じなんだけど、風って熱を伝導するんだって。灼熱のセツリのそばに暴風が起こったら、ただでさえ近寄れないのがもっとひどくなるんじゃないかな」
「だったらなおさら灼熱のほうをどうにかしたほうがよくない?」
「ううんと……難しいかもしれないんだけど」まふゆは慎重に告げる。「灼熱のセツリに二体のセツリをぶつけてやれば、こっちのリスクを最小限に抑えたまま、セツリを倒せるんじゃないのかなあーって思って」
 その言葉に全員が目を見開く。そして考えこむように「確かに」と呟いた。
 俺だってなかなか冴えたアイディアだと思った。
 この場にいるのはあくまで養成学校の生徒だ。長年経験を積んでいるわけでも、戦慣れしているわけでもない。実力だけでぶつかって勝つどころか、全員が無事でいられる確信すらなかった。だが、セツリの性質を利用することで戦闘を削減できるのなら、勝率は生存率と共に一気に跳ね上がる。
 けれど突飛な提案に全員が賛成するはずもなく、数人は意義を唱える。
「そんなの机上の空論だろ。そもそも、その作戦が上手くいくのか?」
 まふゆが困ったようにと口ごもると、実花島はひけらかすように言った。
「無礼者。ここにおわすを誰だと心得る」
「えっ、あの、やめて」
「控えい控えい。誇り高き祓の、菜野まふゆ様であるぞ!」
「えぐるくん。ふちゅっ、普通にして……」
 まふゆはあたふたと否定していたが、実花島の言葉にさきほどのまふゆを思い出したのか、反論した生徒も結局は賛成側に回った。
「じゃあ、そんな感じで進めるとして……」実花島は言う。「いま三体のセツリがどこにいるのか知りたいよねえ。この教室の周辺も。もしかしたらまだ大量のセツリがここを囲ってて、こいつの力を解いた途端襲ってくる可能性もあるわけだし」
「簡単だって。ケーブル接続して学校をハッキングしてるようなものなんだから、そのまま監視カメラの映像まで見ちゃえばいいのよ」
 籠中はしれっと答えたが、実花島は訝しそうに反論する。
「監視カメラをコントロールしたって、モニターないんじゃ無理じゃん」
「なんのためのサポーター? 映像のリアルタイムでの映写を申請して、黒板をスクリーンにでもすればいいんだよ。それくらい全然できるから、この機械」
 サポーターの意外な使いかたに、教室中の全員が驚愕していた。
 籠中はしれっとしていたが、サポーターにそこまでの機能が備わっていることを知り、なおかつ使いこなしている者は少ない。この場にいる生徒にとっては、意外も意外な案と言えるだろう。
「へえ。こゆりんの言う通り、サポーターって便利。俺ももっと使ってみようかな」
「本当にすごいよ。総理大臣にメッセージも送れるから」
 まふゆの返答に噴きだしてしまったのは俺だけだった。周りはなに言ってんだって顔で、話を続けていく。籠中の指示通り監視カメラをジャックし、黒板に放映させた。教室の周りには大物のセツリもおらず、倒すのに苦にもならなさそうなセツリ数体に包囲されているだけだった。
「灼熱のセツリは、五階の多目的ホール……地獄みたいになってんだろうな、そこ」
「でも、多目的ホールか……それは使えそう。暴風のセツリは校舎前。建物を破壊しながら進行中。震動のセツリは?」
「一階廊下。暴風のセツリと近いな」
 これはラッキーだった。暴風、震動のセツリを俺の無効領域内に入れることができれば、一気に二匹ものセツリを無効化できる。凄まじい暴風と足場を悪くする震動がなくなるのであれば、戦闘は相当やりやすくなる。
 まとめるように、実花島は言う。
「灼熱のセツリは一旦置いといて、二体のセツリをなるべく灼熱のセツリの真下に集めることを考えようか。作戦的に、放牧剣ガイドエレベーター役ドロップに分かれたほうがいいと思うんだけど……俺がエレベーターボーイドロップリーダーやるとして、手伝ってくれるやついる? なるべく火力が強いひとー」
 実花島の問いかけに何人かが手を上げる。それぞれの精霊の特徴を聞き、効果的か吟味した上で、実花島は「よろしく」と頷いた。
「……密室開放、準備」
 そして、いよいよ動きだすときが来る。
 教室の中心に立ち、まふゆは抜剣の準備をした。
 そんなまふゆに背を向け、取り囲むように、他の生徒たちは急襲に備えている。
「――開放!」
 実花島は繋いでいたケーブルを引っこ抜いた。
 その瞬間、教室は元の壊れかけの状態に戻る。穴の開いた壁や窓から一斉にセツリが押し寄せてきた。まふゆはすぐさま剣を抜き、床に突きたてた。剣を構えていた生徒はなるべく無効領域内から出ないようにセツリを片っ端から屠っていく。数十秒後には、教室周辺からセツリは完全に消え失せていた。
「第一関門クリア」
 教室を出てからは、二手に分かれて作戦につく。
 思ったよりも外は暗くなく、また、全員が夜目に慣れたのが幸いした。立ちはだかるセツリを難なく切り伏せて一階を目指していく。ガイド班の先陣を切るのはもちろん、斬りこみ隊長こと翼切飛馬だ。獰猛な目を光らせて、殴りこむように剣を振り回す。闇をも惑わすような紫の光が妖しく光っていた。
「ぎゃっはははは! 戦闘っていうのは、やっぱりこうでなくっちゃねえ! 容易く消え失せろ! 蹂躙されろ! 跪け! 最近あんまり活躍できなかったボクの鬱憤を晴らさせろセツリ共!」
 甲殻のスピーカーから《惑える子羊》の高笑いが漏れる。
 それを《懲役燦然年》が「下品です」と断じた。
 さきほどまで弱まっていた風が、また勢いを増しているように感じた。無事だった窓ガラスは小刻みに震え、布を裂くような風の音も聞こえる。おまけに、鳴りを潜めていた地震も復活した。震動のセツリは時間が経てば消滅する代わりに多産という性質も合わせ持つ。消えては増えてを繰り返す、厄介なセツリなのだ。
「……いたぞ! 震動のセツリだ!」
 翼切が叫ぶ。
 白く細長い、墓石のような体をしたセツリが数体、廊下に悠然と立っていた。おそらく親のセツリは消滅し、いまここにいるのは子のセツリなのだろう。体躯は大型というほどでもなく、目測でも二メートルはない。子のセツリは威力も小さいが、集まるとその力は強大になる。
「へっ! 覚悟しろよ! このままブッタ斬ってや――うおっ!?」
 途端に大きく地面が揺れ始める。震度としてはかなりのものだろう。全員がその場に崩れ落ち、膝を着いた。何事もなく立っているのは震動のセツリだけだ。
 震動のセツリは尖った腕を鞭のようにしならせて攻撃してくる。その腕が翼切に触れようかというとき、まふゆは剣を抜いた。実花島御用達の居合抜き。一瞬でその腕を刈りとり、すっと立ち上がって翼切を見下ろす。
「いーい? 翼切くん」まふゆは人差し指をチッチッチッと振った。「こうして戦うのは当たり前のことなんだから、浮かれて調子乗っちゃだめだよ?」
 ブッと噴きだす俺と籠中。背後の生徒も何人か笑いで震えている。翼切も青筋を立てて震えていた。それから舌を打って目を逸らす。
「私たちがやるのは誘導だけでしょ。セツリの強さやスタミナ的に考えても、ここにいる全員いつも通りとはいかないんだから、被害、戦闘は最小限に食い止めること。しっかりしてよ」
 そう言って、籠中は腕を掴んで翼切を立ち上がらせた。
 再び激しく腕を振るって攻撃を繰り出してくる震動のセツリ。まふゆたちはそれを避け、戦いながら、目的の地点へと誘導していく。血の気の多かった翼切も、押せ押せとセツリを追い立てていった。
 そのとき、攻撃の勢いが増したのを感じた。
 パッとあたりを見回すと、さっきまではいなかった面々がそこにいた。
 思わぬ加勢が入ったのを知る。
 分断され、安否の不明だった残りのクラスメイトが、戻ってきたのだ。
「無事だったのかお前ら!」
「勝手に殺すな!」そのうちの一人が力強く笑う。「話は上の階の連中に聞いたぜ!」
「あたしたちだってやればできるってところを見せてあげる!」
 この展開には俺の心も熱くなった。それはまふゆも同じなようで、戦場には似つかわしくない笑みを浮かべている。
 よそから現れた小物のセツリを薙ぎ、道を開ける。猛烈だった攻撃に、さらに勢いが増した。クラスメイト全員でセツリに立ち向かう。
「うわあっ!」
 叫び声が聞こえたと同時におぞましいほどの風が吹き抜ける。振り返ると、半壊した窓際のほうから、暴風のセツリがにゅっと顔を出していた。相当な風量と風圧。気を抜けば飛んでいってしまいそうだ。
「くっそ……向かい風が強すぎる!」
「息が、できない!」



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