《革命前夜》2/7


 音波を封じられたセツリはいとも容易く、振るう剣に吸いこまれるようにして斬られていく。天上からぶら下がった人形を嬲るに等しい行為だった。けれど、音波で仲間を呼んでいたのか、殺しても殺しても湧いてくる。翼切も共に剣を振るったがなかなか数が減らない。二人の周りには何十匹ものセツリが飛行していた。
「菜野さん!」
 呼ばれた声に振り向くと、籠中や実花島のほうにもセツリが現れていた。詳しくは知れないが、その長く硬い棒のような手足が蛍光していることから――おそらく蓄光のセツリなのだろうと予測される。鋭い爪を持っているため、神秘の力なしでは不利だ。
 まふゆは周囲のセツリを引きつけて走り、無効領域内から籠中と実花島を出す。
 途端、覚醒したように籠中のスピードは増した。
 囲まれた実花島も剣を大きく振り上げて、目の前にいたセツリを切り捨てる。すると薙いだ勢いのまま――剣はブーメラン軌道に乗ったように後方へ伸び、真後ろにいたセツリを一掃した。祓どころか、その狩り様は鎌を振るう死神のようでもあった。
 しかし、一匹の蓄光のセツリが強く輝いた状態で実花島の前に現れる。攻撃はされなかったものの、突如目の前に現れたことで、目の光量の調節を惑わされ、実花島はくらっとふらついた。なんとか剣を振るってはいるものの、視界が鮮明でないことから、その筋に正確さはなく、手足を切り落とすことしかできないでいる。
「主! 後ろです!」
 背後から襲いかかってきたセツリに《変幻自由自在》が声を上げるも、やはり実花島の動きは鈍かった。その背が鋭い爪により袈裟切りにされる――というところで、一筋の素早いきらめきが、セツリを蹂躙した。
「しっかりしてよ、実花島くん」
 もちろん、それは籠中だった。
 その涼しげな目でセツリを見据え、流れるようなスピードで斬っていく。
『現在のユーザーの攻撃速度は初期値の1.6倍です』
「了解です。このまま計測を続行してください」
 首を手の平で触れながら、実花島は苦々しく呻いていた。
「げえ、俺もかっこわる……飛馬くんのこと言えないな」
「私からしてみればいつもかっこわるいよ」
 なんとか視力も回復したらしい実花島は、籠中と共にセツリを倒していった。薄暗い部屋では蓄光という特徴は居場所を教えているようなもので、さっきのようなアクシデントに気をつければ殲滅は容易いだろう。
「しっかりしろよ、ポンコツ!」
 一方、まふゆと翼切が相手をしている音波のセツリは、その数の多さに勢いをつけ、二人を苦戦させていた。一匹一匹の力は大したことがなくとも、こうも数で圧倒されると倒せるものも倒せない。大量の多角的な攻撃はある意味では変則的ともいえ、まふゆにとっては苦手な相手だ。おかげで翼切からも叱咤される始末である。
「あ、ありがとう。翼切くん」
 振ってかかったセツリを切り捨てた翼切に、まふゆはそう言った。
「ああん? 礼なんか言われる筋合いはねえ。獲物ってのは早い者勝ちなんだよ。こいつは俺様が相手だ。ここは俺様に任せてお前はどっか行け」
「翼切くん、かっこいい……!」
「なんでそうなるんだよ!」
 そのとき、たくさんいたセツリが一ヶ所に集まり始めた。
 その様子は時空の歪みから生まれる魔の渦のようでも、真っ白い乱層雲のようでもあった。
 ぐにゅぐにゅと気持ち悪い音を立てて細胞を溶かし、合体でもするように一つの体を生む。
 そこに現れたのは、ぶくぶくと太り、三メートルほどにまで膨らんだ、大きなセツリだった。
「……結合した」
「はんっ、ちんまいのが大量にいるよりは、でけえのが一匹でいるほうが楽だろ」
「動きも鈍くなってる。今だね」
「わかってるじゃねえか!」
 翼切の、甘さを裏切り続けるような目つきが、さらに鋭く、爛々と輝く。
 まふゆと翼切はセツリを休みなく斬りつける。剣を振り上げるための攻撃の間隙を互いに補い合う、シックスティーンビートの刻みだった。
 しかし、羽を持ったセツリの手足がバサバサと蠢き、風で剣の軌道を逸らしていく。
 それなりに攻撃できてはいるものの、致命傷には欠けていた。
 あの羽を切り落とさないことにはどうしようもないだろう。
「まふゆ! セツリの手足を狙え! その羽を――」
 もげ。と、俺がそう言うよりも先に、翼切は動きだしていた。
 まふゆの肩に乗り上げ、力強い跳躍。まふゆを蹴飛ばしながら弾丸のように宙を裂いた翼切は、重なった両羽を剣で貫き、抉るように手首を回した。すると羽はねじれながら破け、布かなにかのように包まりながら剣に纏わりつく。翼切は対面に着地すると、剣を一度横薙ぎにし、その羽を脱ぎ捨てた。
 蹴飛ばされた反動で尻もちをついていたまふゆは、そこで立ち上がろうとする。しかし、まふゆの頭上ギリギリを、光る何本もの矢が駆け走った。
「ひっ」
 反射でもう一度尻もちをついたまふゆは、ただ見送ることしかできなかった。
 まふゆの頭上を通った光の矢は、セツリの体を鋭く穿つ。
「えっ?」
 しゃがみこんだまま、まふゆは矢が飛んできた後方を振り向く。
 そこでは、戦闘を終えた実花島が、弓に矢を番えた体勢で立っていた。
 どうしてあいつが弓矢なんて持っているんだと思ったが、よく見ると、その光る矢が蓄光のセツリの手足だということに気づく。また、実花島が構えている弓は、《変幻自由自在》によって形を変えた、実花島の扱う剣だ。
 また、実花島が光の矢を放つ。
 まさしく光速のような一撃でセツリの体を射止め、深く胴体に突き刺さった。
 声とも言えない悲鳴のような不協和音を上げるセツリの背後から、両手で剣を持った翼切が悪魔のように現れる。振り落された剣はセツリの頭部を胴体から切り離し、見事その息の根を止めてみせた。
 音波のセツリ、蓄光のセツリ――どちらともの殲滅に成功する。
「やったのね」
 籠中と実花島がこちらに駆け寄ってくる。実花島は剣を元の状態に戻し、鞘へと収めていた。しゃがみこんだままだったまふゆを立ち上がらせて、籠中へと振り返る。
「どう? 俺たちかっこいいって思うでしょ?」
 どうやら先ほどのことを根に持っていたらしい。なんと面倒くさい男だ。
 籠中は取り合わず、セツリの死体のほうに目を向けていた。その死体のそばまで近寄って、しゃがみこんだときになにかを拾いあげる。まふゆと翼切がその手元を覗きこんだ。その手の平には、養成学校の校章があしらえられた、プラチナのコインが。
「えっ! うそ! なんで?」
「さっきのが第一のセツリだったってことか?」
「元は小さなセツリだったけど、結合してからは大きなセツリ……コインを持ってる条件に当てはまるからね。これからは、セツリが隠し持っているという体で、探したほうがよさそう」
 セツリの体内にあったせいか、その肉のようなものがついていた。籠中はそれを手の平で擦って汚れを落とした。確認を取ってから、自分の上着のポケットにしまう。
「一枚目、回収完了。先に進もう」


▲ ▽



「……翼切。お前、さっきまふゆを踏み台にしただろ」
「ああん? だからなんだよ」
 俺は責めるように翼切に言ったが、やつに反省の色はなかった。
 一枚目のコインを回収し、その先を急いでいたまふゆたち。その後小物のセツリを倒したり、いくつかの扉を潜ったりと、先に進んでいたが、二枚目のコインを持つセツリと対峙するには至っていない。周囲を注意深く観察しながらの会話だった。
「まふゆは縄跳びのジャンプ台なんかじゃないんだ。代償としてお前も踏まれろ」
「誰が踏まれてやるかよ」深いそうに眉を顰める翼切。「セツリは倒せたんだからそれでいいだろ」
「ぎゃっははははは! ボクのプリンセスに向かってその言葉はないなあ、《大いなる無力》! むしろ怒りたいのはこっちのほうなのさぁ。ボクだって我慢してあげてるんだから、フェアにいこうじゃないか」
「チームワークってやつだよ。こっちはお前らのせいでメリーを使えねえんだからな」
 ぐう。
 それを言われると言葉が出ない。
 両手をもじもじさせながら成り行きを見守っていたまふゆが「いいよ、ナルくん」と俺に言う。
「私は別に気にしてないよ。ちょっとびっくりしたけど……ごめんね、メリーさん」
「ぎゃっははははは! 謝ってくれるなんてかわいいねえ、ナノ! こっちこそいじめちゃってごめんごめぇん!」
「本当にいいのかまふゆ。あいつのせいで転んだんだぞ」
「でも、私の体幹がもっとしっかりしてたら、あんなことにはならなかったわけだし……そっ、それよりも、すごかったよね! 翼切くん、セツリの羽を思いっきり突き破って、突撃○×どろんこクイズみたいだった」
「そんなわけねえだろ!」
 途中までは存外嬉しそうに聞いていた翼切だったが、最後の一言で怒鳴り声を上げる。
 反対に、《惑える子羊》はげらげらと笑っていた。



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