《革命前夜》1/7


「展開」
 誰が言ったか――それを合図にするように、四人の甲殻が鎧の姿を成していく。
 水色の閃光を放ち、《懲役燦然年》が。
 紫色の稲光に滲み、《惑える子羊》が。
 緑色の彩光に溶け、《変幻自由自在》が。
 金色の威光を受け、《大いなる無力》が――甲殻を広げ、剣に力を満たす。
 まばゆい光が収まったとき、乗っていたエレベーターが目的階で停止した。ポーンと電子音が鳴ればドアが開いていく。数センチ開いたところでまふゆは一歩踏み出し、剣の柄を握る。完全に開き切ったのと、まふゆが抜剣したのは、同時のことだった。
「やっ!」
 着いた途端襲いかかろうとしてきたセツリを一瞬で薙ぎ払う。俺の力で大した脅威にもならなかったそのセツリは、白い四肢を真っ二つにして、容易く地に伏していった。
 まふゆは「ふう」と剣を鞘に戻す。
「本当にドアが開いた瞬間に来たね……籠中さんの言った通りだ」
「まあ、警戒しておいて損はないくらいの気持ちだったんだけど、当たっててよかった」
「小物だったのも幸いしたね。コインを持ってるセツリ以外はだいたいこんな感じなのかな?」
「雑魚に付き合う道理はねえよ。とっとと先に進もうぜ」
 四人ともエレベーターの庫内から出る。ドアが閉まると、庫は元いた十二階へと戻っていった。それを見届けることなく四人は進む。
 薄暗い会場だった。全会場がそうなのか、それとも六階にかぎってのことなのかはわかりかねる。少なくともまふゆたちが降りたこの会場は全体的に照明もなく、どことなく埃っぽかった。部屋というよりはとてつもなく長い廊下のようで、奥行きがあるわりに幅は狭い。視界を遮る障害物がない代わりに、甲殻を展開しているかぎり、全員で横一列に並ぶことはまず不可能だろう。
 まふゆと翼切が前方に並び、その後ろを籠中と実花島が歩く。
 スロースターターな籠中を控え、精霊の特徴上、縦横無尽に攻撃できる実花島を背後に回した陣形だった。
「にしてもまふゆ、さっきの居合はよかったよ。上手くなってきてる」
「ほ、本当?」
「本当本当。褒めてつかわす」
 剣技の師匠である実花島が、師匠というよりも幾分かえらそうな態度でまふゆに言った。けれど褒められたまふゆは心底嬉しそうで、肩を軽くシェイクしている。
 まふゆは稽古の一環として、抜刀術の修行を行っていた。
 俺の無効化という力は抜剣の状態で発動する。もしまふゆが強いセツリに遭遇したとき、チームメイトの助けなしに戦うのは危険だ。しかし、まふゆが剣を抜いている状態では、そのチームメイトたちが戦えない。ならば、セツリを倒すギリギリまで、剣を抜かないことが重要になってくる。そのために訓練する必要があると判断したのが、居合などの抜刀術だ。ただし、ギリギリまで剣を抜かないとなると無効化という利点がほとんど消えることになるため、場合によりけりで使い分けていく必要があるが。
 発案者の実花島が指導を行っており、現在稽古の半分を抜刀術が占めていた。
「家でもちゃんと練習してるんだよ」
「えらいえらい。でも、やりすぎには注意しなよ。こゆりんとかならその感覚わかると思うけど、肩とか痛めたら大変だから」
「えっ……な、なんのことかな。やりすぎなんてしてないやい。ふんふん」
「いや、してるだろ」
 俺がツッコむとまふゆは「しっ!」と人差し指を口元に持ってくる。黙ってやっていてもよかったが、俺としてもまふゆには無理してほしくなかったし、愛の鞭だとでも思ってほしい。
 まふゆの罪に関して口を出してきたのは、意外にも――いや、普段気にかけているからこそ当たり前ではあるんだろうが――さっきまでなんの反応もなかった籠中だった。
「菜野さん。本当に気をつけなよ。元々訓練してるとはいえ、剣はそんな軽い物じゃないし、振りすぎると痛くなるのはわかるでしょ?」
「で、でも、04に来るまでに通ってた指導塾で……」
「指導塾も予備校も監督官がちゃんと計算配分してくれてるの! そんな考えたらすぐにわかるようなことで体を酷使しない! しっかりしてよ!」
「はいっ! ごめんなさい!」
「うるせえ! お前ら試験中だぞ、集中しろ!」
 翼切による叱責により、三人とも口を閉ざした。まふゆは翼切の顔色を窺い、実花島は飄々とし、籠中はまさかの翼切に注意を受けたことを小さく恥じていた。
 しばらく沈黙が続いたが、おそるおそる、囁くような小声で、まふゆは俺に言う。
「……なかなか、大型のセツリと会わないね……ナルくんは、セツリの気配とか、感じたりできないの?」
「いくら俺たちが精霊でも、探知機みたいな便利な機能はついてないな。気配を察したりなんてのは不可能だ。神秘が神秘を知りつくしてると思ったら大間違いだぞ、まふゆ。森は氷河を知らないし、川は火山を知らない」
「そっか……私だって、ひとの気配とか、全然わからないし。そういうものだよね」
「もしかしたら、セツリの気配を察知する精霊もいるのかもしれないがな」
 だとしても、やはり俺の与り知らぬところの話だ。俺たち精霊は他の精霊のことをなにひとつ知らない。甲殻に降ろされるまで、俺たちはただの概念や現象にすぎないのだから。
「まあ、目当てはコインを持つセツリだけなんだ。無駄な体力を使わずに済むし、ラッキーだと思っておいていいんじゃないか?」
「んー、それはどうだろうねえ?」後ろから実花島が口を入れてきた。「こゆりんの斬撃速度を上げておくためにも、チョロい敵の一匹や二匹は倒しておいて損はないよ。試験的にも点数にカウントされるんだから」
 籠中も、いつものように落ち着きばらった声で言う。
「気になるのは、点数のカウント方法。戦闘を見る、って言ってたけど、なにに重きを置き、どう数えるのかまではわからないから。コインの回収が合否と言っても、それが点数に直結しないとは言ってなかった。たとえば、コイン三枚で合格最低点のライン、という計算なら……積極的にセツリを倒してより高い点数を狙わないと、いい成績は取れないよね」
「ああん? 合格するならなんでもいいだろ、そんなの」
「甘いよ、飛馬くん」実花島はどこか誑かすような、面白半分な声音で、囁くようにそう言った。「点数落としちゃってもいいの? 他のチームに負けちゃうよ? 学ぶことなんかねえっていつも馬鹿にしてるくせに、あいつらよりテストで点数取れないの、想像してみなよ。可哀想に。飛馬くん超かっこわるい」
「うるせえ!」
 キレた翼切が、肘鉄を食らわせようと実花島の脇に肘を突きだす。それをさっと避けた実花島は、何事もなかったかのように話を続けた。
「俺が気になってるのは、時間かな。指導官は制限時間の話なんてしなかった。無制限と考えるのが妥当だけど、俺は攻略タイムを計られてるんじゃないかなって思ってる」
「それって、三枚のコインを集め終えるまでの時間?」
「そんな感じ。まあ、出発時間がチームによって微妙に違うから、考えすぎの可能性だってあるんだけどさ」
「だったら俺様はコインの所有ってのも気になるぞ」翼切はぶっきらぼうに言った。「セツリにコインを持たせてるのか、コインのある場所をセツリが守ってるのか。最悪、セツリを倒しても探す時間が必要、って可能性も出てくるんじゃねえのか?」
「言えてる」
 三人の話に、まふゆも俺も舌を巻いていた。
 さすが成績レベルカンスト組と言ったところか。たった一ヶ月かそこらで一年の養成課程分であるレベル99にまで達するだけのことはある。籠中はもちろんのこと、実花島、以外なことに翼切に至るまで、考える振幅が他の生徒よりも広く深い。三人の強さはそういうところから来ているようにも思う。
 そもそも、現時点で己の殺法を確立していること自体驚くべきことなのだ。
 画家だって、絵柄を確立するのには時間がかかるし、また、時代によって完全に変化させる者もいる。固定させるのは難しい。幼ければ幼いほど形成段階だ。
 養成学校に入学したての若者が、自分だけの型を身につけているなど、通常はありえないだろう。どのクラスメイトもまだまだ発展途上だった。
 己を完全に管理する籠中も、剣術と精霊の力を融合させた実花島も、精霊の特性を遺憾なく発揮させている翼切も、この学校では異様と言える――それなりに考えて向き合わないと出せないのが、殺法なのだから。
 俺をインストールしていた一ヶ月間、その三人と比較されすぎたまふゆは、無意識的な劣等感や憧れを抱いているように思う。あまり気にしなくてもいいとは思うが、周りがそれを許さないだろう。三人が優秀であればあるほど、余り者のまふゆに後ろ指を指したくなるのだ。馬鹿にしたくなるのだ。それが人間の感覚なのだ。
 しかし、チームメイトの三人はある程度まふゆを認めている。もう足手纏いだとも下等だとも思っていない。だから、まふゆもチームメイトを対等に見てもいいと思う。
 感嘆するのも、褒めるのも、憧れるのも結構だ。
 けれど、お前だってもう、なにもできない落ちこぼれじゃない。
「……セツリ発見!」
 先頭にいたまふゆと翼切が、十数メートル先に五匹の飛行するセツリを見つける。白い腕を伝うように生えた半透明の羽を持つ、サイズとしては小物のセツリだった。
「俺様に任せな!」
 翼切はタタタッと駆けだした。
 鞘から剣を抜けば、ケーブルから満ちる紫の光で冴えわたる。
 すぐさま剣を振りかざすも――セツリは軽々とその斬撃を避けた。
「ちょ、なにいまの、問題映像でしょ」
 実花島の呟きに翼切は「またか! 菜野!」と振り返ったが、生憎とこちらは抜剣していない。勝手に無効化されたと責められても困る。しかし、本当に《惑える子羊》の力が効かないのだとしたら、一体どういうことなのだろう。
「目の前のセツリの解析を申請します」
 籠中は冷静にサポーターに話しかけた。スキャンの結果、『《托卵・音波・結合》のセツリです』という結果が弾きだされる。
「……超音波」籠中がひらめくように呟いた。「コウモリの反響定位と同じ! そのセツリは音の反響を受信して周囲の状況を察知してる! 視覚は関係ない! 《惑える子羊》じゃ分が悪いわ!」
 籠中はまふゆのほうを見た。
 まふゆはこくんと頷いてから俺に囁く。
「ナルくん、お願いね」
「任せろ!」
 すぐさま剣を抜いたまふゆは、翼切と入れ替わりになるように駆けだした。



■/>>


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -