《アルプス一万尺》1/5


「邪魔だポンコツ! すっこんでろ!」
 連携実践中、翼切飛馬はまふゆを押しのけて前へ出た。
 この展開はあらかじめ予想していたので、そうがっかりするようなことでもない。二人のチームメイトは呆れたような表情でやつを眺めるも、しょうがないと見過ごす。まふゆは俺に「今日も使ってあげられなくてごめんね」と呟いた。そう言わせていることだけが、少し悔しかった。
 《大いなる無力》の無効領域――精霊である俺が神秘の能力を無効化できる範囲を言
う――は半径十五メートル。ならばその十五メートルに干渉しないようにすれば、チームで戦うことができる。籠中仔揺の機転で解決策を見出したまふゆらは、早速それを訓練で取り入れようとした。いつものフィールドでは半径十五メートルにプラスしてチームメイトらが動けるだけの広さはないので、指導官に事情を説明し、フィールドを拡大してもらった。代わりに二体同時に相手取ることとなったのだが、それでまふゆの活躍できる場が設けられるのなら安いものである。翼切にも事情を説明し、各自サポーターにブザーを設定したのだが、そう簡単に対応はできなかった。ブザーを気にしながら戦闘するというのはいくら優等生と言えど難しく、動きもぎこちなくなってしまう。慣れれば大丈夫だろうと経過を見ていくつもりだったのだが、ついに翼切が耐えられなくなった。実花島英繰ですらその窮屈さに我慢していたというのに。
「ちょっと飛馬くーん。これじゃあ練習にならないんだけど」
「うるせえ! この俺様がまだるっこしいことしてられっかよ!」
 そう言いながら、翼切は剣を振るった。
 怒りをぶつけるような、豪快で苛烈な一閃だった。
 《惑える子羊》の力により平衡感覚と視覚が不安定になっていたセツリは、呆気なく袈裟切りにされ、そのまま動かなくなった。
「《惑える子羊》……あなたにもそちらの主を説得していただきたいのですよ」
「やぁだよ。プリンセスは嫌がってるんだ。ボクはプリンセスに従うさぁ」
「主の間違いを諌めるのも僕たちの務めですよ」
「お前のそれは忠言じゃなくて反逆だろう? 《変幻自由自在》。いくら精霊の好とはいえ、お前なんかの言葉は聞けないよぉ。ぎゃっはははは!」
 精霊に訴えかけるもまるで通じない。翼切を懐柔し、理解してもらうのは相当難しいだろう。なにせ俺様強い≠地でいく男だ。チームプレーに時間をかけるのなんか糞食らえと思っている。
 今日も今日とて、まふゆは棒立ちになったまま、無効領域の外で活躍するチームメイトを眺めて途方に暮れていた。
「やっぱりだめだな、菜野は」「今日も全然動いてないし。いる意味あんの?」「十億分の一の劣等生には無理だろ。誇り高き祓をなんだと思ってるんだ」「役立たずの精霊なんか降ろしてさ」「馬鹿みたいだよな、あのときあんな大口叩いといて」「十億分の一の欠陥品だよ、ありゃ。お似合いじゃん!」
 違うフィールドから貶めるような声が聞こえてくる。
 実際なにもしていないまふゆには言い返せる言葉もなく、悔しそうに口を噤んでいた。
 俺だって、もうなにも言えない。
 翼切だけでなく、籠中や実花島だって、俺の順応に時間がかかっている。二人も努力してくれているが、セツリを前に集中を欠くというのはかなりリスキーな行為なのだ。
「こういうのは慣れ。体に覚えさせればいいの。まだやり始めたばかりだから歯車が噛みあってない感じがするけど、きちんと嵌ったらいい連携ができると思う」
 優等生籠中はそう明言する。
 しかし、このチームが連携を取るような日は、果たしてくるのだろうか。


▲ ▽



「チーム名登録?」
 連携実践終了後、主訓練ゾーンに集まった生徒の前で指導官が言った単語を、まふゆは小さく復唱した。はてな、という表情を浮かべているが、そう思っているのはなにもまふゆだけではない。
「みんな、四月からチームは組み分けていたよね? もう公表したはずけど、中間テストの実技試験でも、チーム単位での参加になる。そこで、成績管理の都合上、各々のチーム名を事前に決めて申請してもらいたいんだ。期限は試験前日まで。各チームに申請用紙を配っておくから、記入欄を埋めて、訓練指導室のボックスに入れておくこと」
 そう言って指導官は申請用紙を配っていく。
 受け取った生徒らは騒ぎながら訓練場を出て行った。
 話題に上がっているのはチーム名よりも、テストの実技試験のことだったが。
「正直なところ、不安は残るわね」
 更衣室で籠中が呟いた。
 最近のまふゆと籠中は、実技授業の更衣を並んで行っている。裸の付き合いとはよく言ったもので、それ以降、二人の会話は格段に増えた。いまのように籠中がまふゆに呟きを漏らすこともあるし、まふゆの独り言に籠中が反応することもある。
「ご、ごめんなさい……」
「菜野さんの責任じゃなくて」籠中は甲殻をベンチに下ろしながら言う。「翼切くん。全然協力的じゃないし。今日だって勝手に突っ走って。まあ、試験自体も、討ち取ること自体はわけないはずなんだけど、全員で連携することが重要だから……成績に大きく関わってくるし、これまでみたいにはいかないのに」
 籠中の言う通り。俺が常日頃から懸念していたように、このチームには団結力というものがない。成績が良くても、他のチームと比べて圧倒的に欠けていると言っていい。
――これまで連携実践に参加できなかった分、実は一番不利なのだ。
「遺憾ですな。せっかく事が動き始めたというのに、翼切飛馬殿が足並みを揃えてくれねば、ただ転がっていくだけでございましょう」
「《懲役燦然年》……お前も俺たちを理解してくれるのか」
「水臭いことをおっしゃりますな、ナル殿。制約があるとはいえ、戦力が増えるのは素晴らしいことではありませんか。それに、菜野まふゆ殿の姿勢は認めないわけにはいきません。我があるじさまも随分とその気でいらっしゃるので」
 ベンチの上でスリープ状態のまま待機する俺と《懲役燦然年》は、このとき初めてまともに会話した。礼のよすぎる精霊ではあるが、その溌剌とした声音から、自然と他人行儀なイメージは持たない。チームメイトの精霊の中では比較的話しやすい相手だった。
「そりゃ、嬉しい限りだ。まだ周りは、まふゆを認めてはくれないからな」
「時間の問題だとは思われますが……心情お察しします。私ども精霊は、契約者である主を第一に考えるものですから」
「お前ほど忠誠心の強い精霊もいないだろうがな。主を罵倒されたことで抜剣まで促すようなやつはそういないぞ」
「それは……あるじさまにもお叱りを受けました。とんだ失態ではあります……けれど、唯一無二の主ですから。我があるじさまのおそばに控え、あるじさまの全てを、誇りさえも、この身を以てお守りするのが、私の役目でございましょう?」
 この精霊に視線というものがあったなら、きっとそれは一直線に、籠中仔揺に向いていることだろう。俺と会話しているいまも、意識はずっと籠中に向いているような気がした。よほど籠中を好いているのだろう。そして、籠中に使われていることを誇りに思っている。
「え、うそ。じゃああの変なストラップって、実花島くんの趣味なの?」
「多分……少なくとも甲殻につけてる分は。他のは、お兄さんが毎朝フードに物を入れてくるからだって言ってたけど、嫌がってはないと思う。この前見つけたんだけど、えぐるくん、刺し身ちゃんの靴下履いてた」
「十五歳にもなって……」
 どうやらまふゆと籠中の会話は実花島の話にまで飛んでいたらしい。実花島にとっていい流れではないかもしれないが、まふゆが楽しそうにしているのだ、このままやつには生贄になってもらおう。
「そもそも甲殻にストラップをつけるなんて危ないことよ。剣を繋ぐケーブルに引っかかるかもしれないし」
「あ……う……そうかも」
「ん? もしかして菜野さんもなにかつけようとしてたの?」
「し、してないよ? 考えたこともないもん。やいやい」
 実花島からストラップを受け取りかけたことはノーカウントにしているらしい。
 俺が断らなかったら意気揚々とつけてただろお前。
「……菜野さんも、あのキャラクターが好きだったりする?」
「刺し身ちゃん? かわいいよね。私はグッズとか持ってないけど」
「えー、かわいいかなあ……? でも、たしかに菜野さんって、あんまり派手なものは持ってないイメージ。持ち物だって意外とシンプルだし」
「持ち歩くのは恥ずかしいから……見えないところで使ってるの」
「ああ、なるほど」
 一歩踏みこんだ視点から言わせてもらうならば、今この時点でもまふゆは持ち歩き、使っていた。身に着けている、といってもいいだろう。タンクトップの肌着で隠れて見えないが、まふゆの使用している下着こそ、籠中の言う派手なキャラクターものだった。
 開いた襟ぐりから、白い肌ごとその下着のフリルが覗いていたが、籠中は気づかない。



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