《トレイン・ナノセルフ》2/7


「実践の前に確認しておきたいんだけど」籠中は手を上げて注目させる。「一対一のときと違って、今回は連携を目的としてる。自分以外の人間がいるんだから不確定要素も出てくるでしょ? 正直、お互いの技量においては信頼しているから、どんなことにも対処できるとは思うけど……ある程度の統率はとれておいたほうがいいと思うんだ」
「俺様は最前線だ。ずっとサシで戦りたかったんだよ」
 サシで戦わない授業だと言っているのにこいつはちゃんと話を聞いていたのか?
 似たようなことを籠中も思ったのか美しい眉を顰めさせたが、すぐに「そう」と言って実花島に向き直る。
「なら翼切くんが斬りこみ隊長ってことになるけど、それでいい?」
「どうでもいーよ。好戦的な飛馬くんに任せちゃえばいいんじゃない? 俺は露払いとか、サポートにでも回っとくから」
「菜野さんもそれでいい?」
「あっ、うん」
「……なら前衛は翼切くん。あとは各自柔軟に、ってことで」
「りょー」「頑張ります」
 実花島の気の抜けた返事とまふゆの緊張した返事が重なった。
 指導官の声を合図に、いよいよ連携実践の開始だ。主訓練ゾーンに立つとバリアが展開される。このバリアは主訓練ゾーンと他のゾーンを分けるためのもので、一度張られれば解除コードなしに消えない仕組みになっている。これでフィールド内外は互いに一切干渉できない。
「メリー」
「待ってたよお!」
 翼切の声に《惑える子羊》が答える。
 紫の光が飛び散れば、甲殻が展開された。
 癖のある髪を覆う双角の兜。背面から伸びる漆黒が脇を通り、上腕から手の甲までの籠手を形成する。剣の柄は指の型のついたグリップへと変貌。すらりと刀を抜けば妖しい紫色のラインが光った。
「ぎゃっははは! 待ちに待った日だもん! セツリをバンバン狩ってろうね!」
「わかってるじゃねえか」
「俺たちの分も残しといてよねー、飛馬くん」
「ああん? こういうのは早い者勝ちだろうが」
 甲殻の展開を終えたころ、奥のゲージのランプが点滅する。
 ゲージのシャッターが開けられ、一体のセツリがゾーンの中に入ってきた。
 体長は二メートルほど。つるんとした白皙で軟体動物のように湾曲した体。自ら発光しているようで、小さな火花のような電気を纏わせている。
 籠中は臆することなく冷静に、サポーターへと指示を出した。
「目の前のセツリの解析を申請します」
『スキャンします――《托卵・雷電・消滅》のセツリです』
「うっわ、雷電か。ちょっと厄介かもー」
「ビビってんじゃねえぜ、実花島」
 そうしているあいだに目の前のセツリは放電した。四人とも距離を取って電撃を避けたが、セツリは幾度も放電する。焦げた足元や鮮烈な光にその稲妻が本物であることを知る。妄想でもバーチャルでもない、正真正銘の実践だ。
「アガるなよ、まふゆ。放電前には一度セツリの体の色が濁る。それさえわかってりゃ、見切るのは難しくないからな」
「う、うん!」
 まふゆも俊敏に動いて電撃をかわす。初めての実践とは思えないほど体はよく動いていた。程よく距離を取ったとき、やっと剣を鞘から抜く余裕ができた。
 月が音を立てて輝くような、淡い金色を帯びる一筋。
 大いなる無力で、場は支配される。
「うわ、本当にセツリの雷電がやんだ……」
「やるじゃない、菜野さん!」
 籠中の言葉にまふゆは柔くはにかんだ。
 剣を持った翼切は強く地面を蹴る。そのまま一直線にセツリへと向かい、乱暴に剣を振りかぶった。あと少しでセツリを薙ぐというところで、セツリは容易く身を翻し、翼切の斬撃を避けた。
「あ?」
 翼切は訝しげに眉を寄せる。
 俺は笑いたくなった。
 なんだ。大口を叩くわりに、ちっとも戦えてないじゃないか。あんなに容易くセツリに逃げられて。今日までバーチャル訓練しか行っていなかったのだから無理もないが、さっきの自信はどこへ行ったのやら。セツリを相手にするほうが強いだのなんだの言ってたくせに。
「ちょっと! ぼーっとしないでよ、翼切くん」
 叱りつけるような言葉を吐いたあと、籠中は空を切るように剣を振るった。
『現在のユーザーの攻撃速度は初期値の1.0倍です』
「え?」
 籠中は呆けるように自分の剣を見つめる。数瞬後、もう何回か振るったが、また困ったような表情を浮かべた。敏捷な彼女らしくなく、その場に佇んでいる。
 その脇を通り抜けてセツリへと斬りかかったのが実花島だ。前脚を使ったセツリの攻撃を鮮やかな身のこなしで避け、体がしなるほど力強く引いたあと、セツリの巨体を剣で串刺しにした。けれどまだ致命傷ではない。実花島は剣を引き抜かぬまま、柄についたレバーを押す――反応なし。
「ん?」
 実花島は顔を顰めながら首を傾げる。
 動きが鈍ったのは攻撃を受けたセツリだけではなかった。わけがわからず、まふゆも「えっ……みんな?」と狼狽えてしまう。どういうわけかチームメイトの三人は、己の剣を見つめたり、たたらを踏んだりしていた。チームワークのなっていないチームだと思っていたが、まさかここまでとは…………しかし。
「チャンスだ、まふゆ」俺は囁くように言う。「お前がとどめを刺せ」
「えっ、でも……私なんかが」
「どっちにしろあの三人は機能していない。優等生三人を差し置いて、お前がセツリを倒してやるんだ」
 まふゆは大きく息を吸って、震えるように頷いた。
 セツリが暴れるように身じろぎをする。剣を引き抜いた実花島は剣を振り回し、セツリの胴に抉るような傷をつける。その背後からまふゆは大きく跳躍。弱っていたセツリがそれに対処できるわけがない。落下と振りかざした剣の勢いのまま、まふゆはセツリを頭蓋から両断した。
 終了のブザーが鳴り響く。
「……やっ、やった」まふゆは上擦った声で言った。「やったよ、ナルくん! やった!」
「ああ、よくやった。すごいぞ!」
 俺がそう答えると、まふゆはさらに笑みを深くした。
 ギャラリーのほうからもざわざわと声が聞こえてくる。どいつもこいつもまふゆがセツリを倒したことに驚いているようだった。それも、あの優等生三人を差し置いての活躍だ。どうだ、と叫んでやりたい気持ちだった。たまらない高揚に、甲殻が熱を持ちそうだった。
 ふとまふゆが周囲を見回すと、チームメイトの三人が眉間に皺を寄せてこちらを見つめていた。そのことにまふゆは戦いていたが、堂々としていればいい。今回のことできっと、こいつらもお前を見直すはずだ。
 ギャラリーから慌てたように指導官が降りてくる。まふゆの見事な戦いぶりを褒めに来たのだろうと思ったが、彼が駆け寄ったのは三人のほうだった。そのことを怪訝に思うよりも先に、指導官の様子がおかしいことに気づく。
「ねえ、さっきの戦闘、なんとなく変だったんだけど、どういうことかな」指導官は三人に問いただす。「いつもと様子が違う……初めての実践で緊張するような性格でもないよね。いったいなにが――」
「精霊の力が発動しません」
 籠中がきっぱりと言った。他の二人も同意見なのか、籠中に発言を任せている。
「発動しないって……だって甲殻は展開してるし、精霊のインストールだって……」
「実際、私の《懲役燦然年》は正常な動作が行えませんでした。翼切くんの《惑える子羊》も、実花島くんの《変幻自由自在へんげんじゆうじざい》もそうです」
「バグが発生したのか……? いったい、どうして、」
「こいつのせいだよ!」
 翼切はまふゆを指差して、噛みつくように声を荒げる。
「は? なに言ってる」俺は声を張りあげた。「お前らの不調をこっちのせいにするな」
「いいえ。貴方のせいなんですよ、《大いなる無力》」
 不機嫌になる俺に、指導官のものとも翼切にものとも違う、落ち着いた男声が冷や水を浴びせた。それは実花島の甲殻に宿る《変幻自由自在》の声だった。突然しゃべりだした己の精霊に、実花島も「あー、やっぱり?」と呟いた。
「なーんかおかしいと思ってたんだよねえ。《変幻自由自在おまえ》、俺の命令に逆らわなくなるほど腐っちゃいないはずだし。特にあの二人の精霊なんてご主人様には従順なはずなのに」
「参りましたね……こんなケースは初めてですよ。まさか彼の力がここまで大いなるもの≠セったとは思いもしませんでした」
――その言葉に、嫌な予感がよぎる。
 まさか。まさかまさかまさか。
 指導官もようやく察したらしい。なんともいえない表情で顔を青くしている。わかっていないのはまふゆだけだ。彼女一人がまだ混乱したようにあたふたと周囲を見回している。そんな彼女に、申し訳なさそうな表情で指導官は言った。



<</>>


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -