からくり屋敷 2/7


「夜驚症はそう珍しいものでもない。相手は《栄光の少女》だし。いろいろあるんだろ」
「にしても困った症状だね。もしこれが毎日なら、もういっそ縛りつけたほうがいいんじゃない? 放っておいても危険だと思うよ」
 面倒くさそうに謎々は宙を上目し「追々考えよう」と唸る。
 連続して起こった悲鳴騒動のせいで脳は完全に覚醒してしまっていた。もはや寝つく気にもなれない。起床にはまだ早いがもうこのまま起きていていいだろう。あくびさえ出ない謎々は二人を連れて部屋を出る。
「お前たちも頭は冴えているな?」
「まあ、そうだね。さっきのこともあるし眠気はないよ。それがどうしたんだい?」
「せっかく出題者が寝てくれてるんだ。回答者は答えを考えよう」
 謎々の言葉に二人は静かに反応した。
 高名な伝説である《栄光の少女》――彼女たちの持つ問い≠ノ答えれば、莫大な富と地位を授けるとされる。
 彼女を所有しているだけでは、そばにおくだけではだめなのだ。あくまで回答権を独占できただけにすぎず、栄光を手に入れるにはなぞなぞを解かなければならない。億万長者になれるチートアイテムだと随分な噂だが、その実かなりの危険性を孕む爆弾でもある。アタリとハズレの高低さが尋常じゃない。一か八かの大博打だ。
「素直に博打で勝負するんじゃただの馬鹿だ。木乃伊取りが木乃伊に、なんて笑えないしな。きっちり答えを用意しておく必要がある」
 元は談話室だった大きな暖炉のある部屋に移動する。それぞれが綿の飛びでたソファーに座り、テーブルに乗った資料を手に取った。一昨日からまとめておいた《栄光の少女》に関する資料だ。謎々たちも未知や無知で伝説に挑むわけにはいかない。事前知識を入れておく必要があったのだ。
「抜けているところも多いと思うし、一からさらうよ」
 謎々は尊大に足を組む。恋戯は暖炉や燭台にライターで火をつけて回っていた。香弁は持った資料をぺらりとめくり、口を開く。
「五年前に突如として現れた都市伝説。《栄光の少女》。彼女たちが出すなぞなぞとやらを解くことで栄光を手に入れられる。ここまでは世間でも広まってる情報だね。ここからは、実際に彼女たちと出会ったことのある者の情報。《栄光の少女》は全員で五人。そのうちの一人に攻撃された人間もいるみたいだけど、多分夜明けちゃんのことじゃないから、俺たちが襲われる危険はないでしょ。あの子に戦闘の能はないよ」
「私も同じ意見よ。あんな貧弱な腕じゃピストルだって持てないね」
 火を灯す作業を終えた恋戯が補助するように言う。二人の意見に謎々も賛成だったため、余計な口出しはしなかった。
「彼女たちは体内に一つ、どんな価値にも替えがたい宝石があると言われている。その宝石だけでも十分な価値だね。それゆえに《栄光の少女》は狙われる。なぞなぞに答えるよりも、彼女たちをバラして宝石を探すほうがよっぽど安全な利益だ。ボスはそれを狙わなくていいの?」
「ばか言え。一過性の儚い富に興味はない」
「だと思った」香弁は目を細めて笑った。「ならなぞなぞについての話をしよう」
 ここからが本題だと、問題だと、そう言わんばかりの表情。サングラスのない香弁の目元が凪ぐように移ろう。資料を数枚めくってからテーブルの上に広げて見せた。
「夜明けちゃんが昨夜言ったような問い――なぞなぞには、ルール≠ニお約束≠ェ存在する。ルールその一、なぞなぞを出された者は回答権を得る」
 出された者――昨晩で言うならあの会場にいた者全員がそうだ。主催者側の進行役が耳栓をしていたのは回答権受理の予防策だと謎々は踏んでいる。つまりなぞなぞを聞いた者に回答権は生まれるのだ。
「その二、回答権は生涯有効である。その三、回答を間違えると死ぬ」
「ルールその三が正しければ、その二の回答権が生涯有効というのはいつでも答えられる≠ニいうことで何度でも答えられる≠ニいうことじゃないんだろうな。間違えれば死ぬんだ。実質、回答権は一回しかない」
「その四、誰かが回答するとそれが間違いであっても回答権はリセットされる。これはおそらく、それまで回答権を持っていた者の回答権が剥奪される、ってことだろうね。そしてその五、なぞなぞ正答者以外の回答権を持つ者は死ぬ」
「誰かが誤答してくれるのが一番安全ってことあるな」
 ソファーの背凭れに肘をついた恋戯がため息混じりにそう呟いた。
 あのオークション会場で誰もが彼女を求めた真意はそのルールにこそある。誤答したら死ぬ。自分以外の誰かに正答されても死ぬ。栄光を与えてくれるはずの少女の問いは実に非情であった。高嶺の花も過ぎる。あんな可憐な姿でここまで過酷な状況を強いるとは《栄光の少女》とはなかなかの魔性だ。勝敗は、知恵とタイミングにかかっていると言ってもいい。負ければ完全なるゲームオーバー――デッドエンドだ。
「以上の五つがなぞなぞにおけるルール。このルールの穴を埋め、ずるをなくし、公平さを保つのがお約束だ。お約束その一、回答権があるうちに栄光の少女に危害を加えないこと。その二、他人の回答を横取りしないこと。破ると死ぬ」
「すっごいバサバサ切ってくるある。なにしても死ぬある。こんなのが巷で大人気なんて世も末ね」
「システムとしてはよくできている。出題者である夜明けに暴行を加えて解答を聞きだそうとするやつもいるだろうし、他のやつが辿りついた答えを奪うやつも出てくるはずだ。《栄光の少女》は博愛主義だな。満遍なくチャンスをくれる」
 他にも《栄光の少女》についての情報はまとめてあったが、今は必要ないだろう。謎々はそう判断して、その資料に重り用の置き物を乗せる。床に転がっていた悪趣味な龍のオブジェだった。
「……さて、夜明けの出したなぞなぞなんだが、」

 迷子になって困っているの。そこは秒速1.8cmの世界。緑のハエがやかましいけどすぐに慣れるよ。なんにも気にならなくなった地獄の先にあるみたい。もしその場所を教えてくれたら特別なひとにしてあげるよ。

「迷子になっている、ということは、答えはどこか場所の名前になるんだろう。場合によっては連れて行く必要もある。そして迷子ということは、その場所自体は知っている、乃至、かつては行ったことがある、と俺は見ている。言葉遊びの揚げ足取りだけどな」
「とりあえずはその線でいいと思うよ」香弁は続ける。「あと重要なのは、緑のハエがやかましい、ってところだね……ハエで緑の種類のやつなんてあるの?」
「アブなら似たようなものは思いつくな。ハエも完全な緑でないのなら。夜明けのことだから妄想の世界のお友達って可能性もあるぞ」
「そもそもハエとアブの違いってなにあるか?」
「明確な違いはない。かなり曖昧なはずだ。ブヨも似てるな。とりあえず不潔な場所だと思っておけばいいんじゃないか。この際緑というキーワードは一度捨てよう」
「地獄の先、っていうのはそういう意味なのかもね。わかってるのは、ハエがわんさかいて、不潔で、まるで地獄のような場所?」
「そんなとこに行きたいなんて夜明けは不幸あるなあ。もっと世界には楽しい場所がいっぱいよ」
「考えれば考えるほど、そこが行きたい場所じゃない気がするんだけど」
 香弁も恋戯も怪訝に頭を捻る。
 夜明けのなぞなぞはかなりの難問だった。
 どれだけ知恵を絞っても、これだ、という答えに辿りつかない。
 いっそたぬき言葉のように問題文自体に謎が隠されているのかとも思い、あらゆる角度、文法から検証してみたが、どうやらそのかぎりでもなさそうだ。暗号になっている線も薄弱だろう。問題文はストレートに用いるのが正解らしい。だがストレートに読むと謎は深まるばかり。特にそこは秒速1.8cmの世界≠ニいうのが不可解だ。比喩か言葉遊びか。このワードの真意を汲みとれないかぎり、なぞなぞを解くことはできないのかもしれない。
「なんにしても、情報が足りないんじゃない?」意見を求めるように香弁は視線を投げる。「なぞなぞに関することだけじゃなく、夜明けちゃん本人についても知る必要があるのかも」
「慎重に扱うよろし。いくら吉兆アイテムといっても栄光を手に入れるまであの子はいつ爆発するかわからない不発弾みたいなものね」
 香弁と恋戯の表情は神妙だった。それもそのはず。臨時に対処できる度量や尊大な態度で誤解されやすいが、謎々自身には戦闘能力と分類できるだけのスキルはなく、完全に守られる側の人間だ。だから謎々は戦闘要員である二人を存分に使うし、二人も彼を全力で守る。謎々は二人の主だ。主に危害が及ぶようなほとんど綱渡りの状況にいつまでも浸っていられるほど、彼、彼女は不誠実に仕えていない。
 いくら栄光を齎すといえど、夜明けは赤の他人。仲間とは違う微妙な立ち位置でその存在を認識しているし、相手が少女でも容赦はなかった。ビジネスライクとでも言えばいいのか。少なからず影響されている部分もあるのだろう、一見して淡泊に見える付き合いかたは謎々の横柄な態度とどこか似ていた。
「……日が昇ってから仁紗に連絡を取る」
 謎々は吟味するように視線を彷徨わせて言った。
 香弁は「仁紗氏か」と咀嚼する。
 仁紗(にしゃ)は、古くから付き合いのある昔馴染みだった。知る人ぞ知る、冲華大帝連邦を代表する技術者だ。香弁の持つナルキッソス、恋戯の持つエーコー、また、改造してジャンプギアを車に搭載したのも仁紗のアイディアであり作品だ。技術者以外にも情報屋という側面を持ち、謎々たちは仁紗をたいへん重宝している。今回《栄光の少女》を落札するための情報を収集したのも仁紗だった。
 本来なら法外な依頼費を請求してくる現金な人間なのだが、諸事情により謎々はそのかぎりではなかった。だから謎々も仁紗に思う存分頼ることができた。
「《栄光の少女》についてより深く知っているかもしれない。一番知りたいのは所有履歴だな。実際過去にはなぞなぞに答えて富を手に入れた者もいるんだ。過去の回答を正誤問わず漁るのもいいだろう。誤答を把握しておけば推理の材料にもなる」
「了解。その線でいこう。ところで、今日の朝食はどうする?」
 ふと時計を見る。朝食を考えるには早すぎる時間帯だが、三人にとっては今こそが準備にちょうどよい。
 借金まみれのお尋ね者。廃墟と化した実家の豪邸で暮らしている。生活面では一切の甲斐性なしである彼らの食事など高が知れている。いまさら食材を買い渋ったところで借金の額はさほど変わらないのだが、できる箇所は切り詰めたほうがいいだろうというのが香弁と恋戯の意見だった。ゆえに朝昼晩の三食は完全自炊であり、食材を調達するところから始まる。屋敷のある山で狩猟もできれば、川から魚を釣ることもできる。生活ができればなんでもいいと思っている謎々もそれに則り、慎ましくも獰猛な食生活を享受していた。
 そろそろ準備に取りかかるか、と香弁は屋敷を出る。ナルキッソスを持って出かければ獲物は自分から近寄ってくる。そのため狩りは専ら香弁の担当だった。恋戯もそさくさと部屋を去っていく。謎々は夜明けの様子が気になって、夜明けを寝かせたあの部屋へと向かった。



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