からくり屋敷 1/7


 真夜中、悲鳴で目が覚めた。耳をザクザクと刃物で嬲られているみたいた。そう感じたのは鼓膜を揺らす震源がすぐ近くにあったからだろう。言ってしまえば自分の腕の中。よって謎々は覚醒した。
「夜明け……?」
 呼びかけには答えない。喉を酷使するような叫びを続ける。それどころか、夜明けは細い体を懸命に動かし、暴れはじめた。途端、顎に衝撃。暗闇にまだ慣れていないがために見えなかったが、おそらく頭突きされたのだろう。謎々は夜明けから距離を取ってベッドを離れる。
「■■■■■■■■■■■■――!! ■■■■■■■■っ■■■■!! ■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■っ、■■――!!」
 もはや言葉ではない、音ならなんでもいいとただただ吐きだされる声。なにかに怯えているのか喘ぐような呼吸も聞こえる。激しい布擦れの音が聞こえたかと思うと、夜明けはベッドからどさりと落ちた。
「うっ、うぐうううう、ふうううっ、ふ、うううううううう!」
 足元で夜明けは呻いていた。体を打ちつけて苦しいのだろう。しかし振り切るように夜明けは走りだした。
「■■、■■■■■■■■――っ!! ■■■■■■■■■■■■っ、■■■■!」
 どたどたどたっと全速力の足音が響く。部屋が広いから壁にぶつかることはないだろうが、物が多いから怪我はするはずだ。案の定途中で転んだ音がした。けれどすぐさま夜明けは立ち上がり、叫びながら走り回る。
「夜泣き……いや、夢遊病の一種か?」
 だんだん目が慣れてきた謎々は夜明けの行動を観察する。
 まるで半狂乱。泣き喚きながら部屋中を暴れ回る。目を開けているかどうかは不明だが、開けているなら本に足を滑らせて転ぶこともないはずだ。パニック、気が動転している、という可能性も高い。まあ、そのあたりは些細なことだろう。問題はこの怯えようである。発作を起こしたような豹変ぶり。見ていて痛々しいほどで、おそらく謎々のこともわかっていない。呼びかけても聞こえてないらしい。ただ悲鳴を上げて走り続ける。かれこれ数分間それが続いていた。
 もうすぐで蹴躓きそうになっていたので、謎々は近くの玩具箱を足でどけてやる。しかし夜明けが方向を転換したせいで、位置を変えた行為が仇となった。綺麗に玩具箱に足を引っかけ、悲鳴と同じくらいの音を立てて転んだ。謎々は「悪い」と謝ったが、それさえ振り切るように夜明けは起き上がる。喚き散らす。そして走り回る。走り回る。
「ボス!」
「なにごとあるか!?」
 起き抜けだったのだろうか、寝間着姿の、けれどしっかり武器を携えた香弁と恋戯が近づいてくる。夜明けの悲鳴があまりにも大きいので、声を上げられるまで来ていることに気づけなかった。鍵を閉めていなかったおかげで部屋には入れたが、まだ二人とも目が慣れていない。状況は掴めないはずだ。謎々は制するように呼びかける。
「ナルキッソスとエーコーは下ろせ。夜襲じゃない。夜明けだ」
「夜明けちゃん?」
「いきなり叫びながら部屋を徘徊しはじめた。夢遊病かとも思ったが、症状から見ると夜驚症のほうが近いな。言ってしまえば睡眠障害だ。具体的な対策はない」
 夜明けの進路方向にあった荷物を謎々は足でさっと避ける。香弁も恋戯も夜目に慣れてきたのか、狂ったような少女の行動を目で追った。ちょうど湾曲した壁に激突したところだった。
「■■■■! ■■■■■■■■――っ■■■■■■■■■■■■■■■■!」
「喉が嗄れてきたようだな」腕を組んで様子を見守っていた謎々が呟く。「香弁、取り押さえろ。あといい加減うるさいから黙らせろ」
「了解」
 香弁は渋々といった様子で夜明けに近づく。なるべく怪我をしないよう両腕と両足を固定し、床に押し倒した。それでも泣きやまないので抱きしめるように拘束し口元を押さえこむ。香弁の手にぼろぼろと涙が落ちてきた。
「あぶううううぐぐぐ、ぐっ、ううう! んんんんん、んんうっ! はhhh、ww!」
 舌の縺れるような音の残滓が唇から漏れる。ずっと涙を流していたせいで頬は濡れており、滑って口元を押さえきれない。
「ww! ttttttsううううううんんっ、tsststststsぅぇええ!!」
「埒が明かない。恋戯、落とせ」
 そう言われた恋戯は「ご主人はレディーの扱いがなってないあるなあ」と呟きながら夜明けに近づいた。香弁も夜明けとの間隔を開け、やりやすいように体勢を整える。
「あああっ、ああ! いやああああああああっ――!」
 一オクターブも声を跳ね上げて夜明けが叫ぶ。その瞬間に恋戯はその首筋に手刀を落として完全に意識を剥奪した。元が半気絶状態だったため効果はあまり期待できなかったが、結果的にはうまくいった。狙い通りに夜明けは叫びをやめ、ネジの切れた玩具のようにうずくまる。安らかな睡眠に戻っていた。
「ご苦労」
「本当にびっくりしたよ。この子はどうする?」
「ベッドに寝かせておけ」
 香弁は夜明けを横抱きにベッドまで運ぶ。涙と涎を拭おうと布を探したが、謎々は「どうせ乾く」とその行為を制止した。布団を被せ、そばにあった適当なぬいぐるみを共に寝かせておく。
 謎々は時計を見上げる。日が変わってから数十分後、と言ったところ。寝ついてからそう経ってもいない。おまけに朝までたっぷりと時間がある。これから寝てもいいだろう。一体なんだったんだと思いながらも、三人はそれぞれまた寝床についた。
――しかし、一時間も経つと、夜明けの悲鳴は再び訪れた。
「■■■■! ■■■■■■■■■■■■――っ!」
 どたどたと部屋中を走り回りながら泣き叫ぶ夜明け。一心不乱な叫びに三人は睡眠を妨げられ、また彼女のいる部屋に舞い戻る。声が嗄れるのも、涙が出るのも、転んで怪我をするのもおかまいなし。制止の声は届かない。悲鳴はやまない。再び手刀を落として完全に気絶させるも、安心したころにはまた、無我夢中に暴れはじめる。いつまで続くんだと三人は嘆息した。混乱の色のほうが強かったが、謎々の表情には怒りも見られた。およそではあるが一、二時間ごと、約百分ほどのスパンを置いて、ついにその半狂乱は合計三度にまで上った。日の出までもうそろそろ、と言ったところで、三人は寝ることを諦めた。やうやっと寝かしつけた夜明けを取り囲むように見つめる。涙と涎でべとべとになった顔をもう放っておくことはできず、恋戯は適当な衣類を手に取って顔に押し当てる。



■ /   



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -