嫌う赤(1/6)




 カレンダーに規律よく並ぶ赤い数字――日曜日は、オズワルドの番だった。これは彼にとっての表現であり、オズワルドにとっては、日曜日こそが彼との日だった。悪夢のような彼に怖くて痛いことをされる、ひたすらに真っ赤な日。抗いようのない悪夢と絶望が、オズワルドの心を巣食っていた。
 水銀灯が音を立てながら痺れたように瞬いている。部屋に行き届くか行き届かないかの頼りない光は夥しい赤を際立たせていた。灰塗りの壁に吊られた九尾の猫鞭やクヌートが鋭い影を穿つ。いくつもの鉄鎖が犇めきあい、そのうちの一つの手枷つきの鉄鎖にオズワルドの右腕は持ちあげられるように繋がれていた。手枷の内側には針があり、動くたびに肉を裂く。伝うように流れてくる血が赤いドレスのビスチェに染みこんでいった。恐怖で引き攣る荒い呼吸でオズワルドの体は小刻みに上下している。震えているのは呼吸だけが原因ではない、彼女の両脚の間で笑みを浮かべる赤毛の男こそがそのものだった。
“まだ自白しねえのかい? オズワルド”
 椅子に座らされている状態でも張りつめた膝はおかしなくらいに笑う。すっかり剥がされて足首で丸まったスカートや下着。白い脚に手を置いて、彼はオズワルドの足元にしゃがみこんでいた。手には銀光りする苦悩の梨という拷問具が握られていて、それの先端をオズワルドの膣へと押しつけている。毒のような棘の装飾が生々しく、オズワルドの顔は蝋のように青ざめていた。口や性器内に押しこみ傘を開くことで内側を破壊するそれはひとたび体の中に這入ってしまえば血も凍るような激痛を起こす。確実に触れ、確実に感じる金属の冷たさに、そこはひやりとした痙攣を起こしていた。
“そんな顔しているだけじゃわかんねえよ”
 彼は苦悩の梨をぐりぐりとオズワルドに押し当てる。首を振りながらオズワルドは悲鳴した。体を揺らしたせいで大きく裂かれた赤いドレスから白薔薇の乳房がこぼれた。長い黒髪が絡むように雪崩れこむ。囚われた二年の間にすっかり伸びてしまった髪だった。
 背筋をぞくぞくと這っていく怖気。悶えるように背もたれに擦りつけると、先週鞭打たれた背中にピリリとした痛みが走った。思わず踏み縛るが足にも力がかからない。拷問により足の爪は剥がされ劇薬漬けにされた痕がまだ残っている。手の指はすっかり生え揃ったが次はまたいつこうなるかわかったものじゃなかった。
 太腿の内側に刻まれた赤い線を彼が舐めとる。オズワルドの体が跳ねた。その線の数は、オズワルドが“自白をしなかった”回数でもあった。すっかり赤黒くなってしまったそこはまだ疼くように痛むし、そこに歯を立てる彼とてそれはよくわかっていることだろう。
 彼はオズワルドの嫌がることを好んでしていたのだ。彼につけられた傷は数えきれないほど存在する。背中の痕はミミズが犇めいているようだし、一度奥歯を抜かれたこともある。今は鉄の塊が彼女を脅しているが、彼自身で体を貫かれたこともあった。怖いこと、痛いこと、酷いことはなんだってされた。彼を、彼の赤を見るたびに体が恐怖に縛られ、神経が凍ったように硬くなる。全てが真っ赤で、絶望が心を殺していく。
 目の前にいる赤い男は人間のような悪魔だった。
“早く自白しろ。殺したのはお前だろ?”
 違う、あたしじゃない、違う。
 オズワルドの目から涙がこぼれる。恐怖に彩られながらも強く吐き出されるそれに彼は顔を顰めた。深い赤毛と似たような色をした瞳が、見上げながらも見下ろすようにオズワルドを見つめていた。歯が金属のように音を鳴らす。一際バチンと強い瞬きで水銀灯が輝いた。
“ふうん”
 心臓がバタバタともがくように鼓動する。脈の音がやけに頭に響いていた。
“そんなにストロベリーになりてえの?”
 その言葉にオズワルドは目を見開いた。赤い金属の刃を思い出して身を震わせる。その様子を楽しそうに眺める彼は、今すぐにでもあのラム・アルムを取り出して、オズワルドの体を熟れ腐った苺のように引き裂いていくように感じられた。オズワルドは首を振る。
 ストロベリーは嫌だ。
 ストロベリーは嫌だ。
 死にたくない。
 それでも口を開かないオズワルドに彼は目を細めた。苦悩の梨が貪るように押しこまれていく。鉄と血と罪の匂いが息つく部屋で、赤に塗り潰された少女は死を恐れる顔でか細く呟いた。
 いやだ、やめて。
 掠れるような声は徐々に聞き取れなくなる。空いているほうの手で喉を押さえた。口をぱくぱくと動かしても、恐怖で縛られた声は出ない。
 彼は押しこむ手を止めた。素っ気ない表情でオズワルドを見上げる。怖さに声が出せなくなったことに気づいたらしい。これでは今日の自白は不可能だろう。この拷問部屋の音声を聞いている上司の顔を想像して、不愉快そうに言葉を吐いた。
“もう今日は無理か”
 苦悩の梨は引き抜かれる。涙のような汁が棘を伝う。透明と赤の液体は先端を穢していた。彼はぽいっと床に落とす。乱暴な手つきでオズワルドの顎を掴んで自分のほうへと向かせた。オズワルドは相変わらず怯え一色だ。視界に広がる赤を怖れるように震えている。その強張った表情を見て彼は満足そうににっこりと笑った。オズワルドの目尻に触れて涙を拭う。野菜の皮を向くような手つきにオズワルドはぞっとした。
“今日も口を割らなかった。先週も、先々週も”
 彼は立ち上がる。正真正銘、オズワルドを見下ろしていた。
“いつになったら自供するのかねえ?”
 しない、だってあたしはやってないもの。
 口の動きだけでそれを読み取ったであろう彼は、首を傾げながら妖艶に微笑む。オズワルドの手を拘束していた手枷をこじ開け、無理に椅子から立たせる。
“お仕置き追加。最初に目が行ったやつ”
 部屋の隅に並べられていた拷問具へと視線を移す。オズワルドは反射で、その鉄の塊に目を遣ってしまった。水に苦しみながらリッサの中へ入れられたことも、首が折れそうになるまでガロットに縛られたこともあった。けれど一番、オズワルドの記憶に悪夢のように焼きついていたのは、針と釘が奏でるように顔を見せる――真っ暗い空洞、鉄の処女だった。
“決まり”
 オズワルドは抵抗するように体を捩った。しかし竦んだ手足では決定的な動きなどできず、その華奢な体はだんだんと鉄の処女に近づいていく。赤いドレスがひらひらと揺れた。切なげな黒髪が肩を滑り降りる。中へと背面から押さえつけられ、鋭い痛みが鞭で弱った背中を突き刺した。昔つけられた赤黒い傷も、重ねるように刺しこまれる釘に燻るように容易く開く。足も手も、体の裏側はじんわりと血に染まる。赤いドレスがさらに深い真紅で満ちた。
“今日はここで眠るといい、素敵な夢が見られるさ”
 剣の扉が閉められていく。オズワルドは喉に押しこまれた悲鳴を上げた。
“おやすみ。オズワルド”
 その言葉を最後に、彼はバタンと希望を閉ざした。





「起きろ、オズワルド。もう昼だ」
 目を開けば知性のある青い目がオズワルドに注いでいた。長時間の閉口により乾ききった苦い咥内が震える。寝起きの喉でオズワルドは口を開いた。
「ごきげんよう」
「今日も随分と眠っていたな。いい夢でも見てたのか?」
「あたしっていい夢を見たの?」
「むしろ夢は見たのか?」
「覚えてない」
 オズワルドは思い出そうと両外頭骨を押さえて目を食いしばる。けれどなにも出てこないらしかった。相変わらずぼんやりした顔のままだ。思い出すことには飽きたのか一つ伸びをしてからあたりを見回しながら声を漏らす。
「卑弥呼は?」
「とっくに起きてるってのバーカ」奥のカウンターから顔を出す。「いま昼飯を作ってるからさっさと着替えてこいよ」
 まるで母親のようだな、とイヴは苦笑した。卑弥呼はキッチンに引っこんで、また鍋の中を掻き混ぜる。




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