焼いた黒魔の会(4/4)




「もしかしたら人には“感情の輪”や“アールネ・トンプソンのタイプ・インデックス”では分類できないような境遇による思考があるのかもしれないな」
「だから知ってるような単語で話してくれって。俺は学がないんだよ」
「俺の記憶が正しければ、お前は統計学と占星術という学問を習っていたらしいが?」
「そんなの全部忘れたっての」
 卑弥呼は鋭い表情を更に尖らせて言った。こうして見ると、彼は思いのほか悪人面だった。目つきが悪いのだ。羽根の大きいダーツのようなツンとした眼差しや、腐った葡萄のような深い色素がそれに拍車をかけるのだろう。そういえば、引き萎んだ口が笑ったところを、この二日そばにいて、見たことがなかった。
「攫う目的だが、俺が思うに報復だと思う」卑弥呼はこれしかないという確信を持って言った。「さっき来たジェントルメンが俺をよく思ってない連中なのだとしたら、それ以外に“我らが神”を攫おうとする理由がねえ」
 それに対してはイヴも概ね同意見だった。卑弥呼から聞き出した詳細から導き出される答えとしてそれ以外にはないだろう。ここで“我らが神賞賛派”が絡んでくると、最早マリヴォダージュの域に達する。そこまで複雑な感情劇を考えられるほど、イヴの推理は達者ではなかった。
「だが、俺が思うに、報復の裏がある気がする」
 けれど、訂正したいところ、強調しておきたいところはいくつかあった。深入りしない程度にイヴはそれらを挙げていく。
「報復というわりには統率が取れていなさすぎる。信者たちはお前の顔も知らなかったぞ」
「それは準司祭以上じゃないと」「だとしても」イヴは割りこむように言った。「指名手配書に顔は載っている。それさえ差し出せば誰でもお前を特定できてしまうぞ」
 流石にその言葉に卑弥呼は黙るしかなかった。
「俺が思うにこの計画は元から破綻している。崩すのは容易いはずだ。あっちは車で移動しているが場所のあてぐらいお前にあるんじゃないか? オズワルドがどんな目にあっているかはまあ知るところではないが、あれはあれで上手くやるだろう」
 イヴが考えこみながら言葉を並べていく。それに対して卑弥呼はなにも言わないままだった。最初はイヴも気にせず喋りつづけていたが、どうやら卑弥呼の様子がおかしいことに気づく。イヴは彼に声をかけた。返事はない。イヴはもう一度声をかける。
「卑弥呼」
「……あ、悪い。未だに自分のコードネームに慣れなくてな。クソッタレ、名前を縛るなんて下衆いシステム蔓延らせやがって」
 下手な言い訳だ。タイミングから推測するに、卑弥呼もオズワルドが心配なのだろう。自分のせいで関係のない少女が攫われるという状況は、彼にとってはストレスに値した。
 苦々しく鋭い表情のわりにこういうところで根が腐っていない。初めて会ったときに悪い人間に見えなかったのはこういうところが起因しているのだと思った。
「言っておくが、お前が思っているほどオズワルドはか弱くない。今ごろ信者に囲まれたまま、お腹がすいただの梨を寄越せだの言ってるんじゃないか?」
「は? 馬鹿じゃないのか? 別にあいつのこと心配してるわけじゃねえよ。笑わせんな。誰があんなへらへらした頭のわるい生意気なクソッタレのガキのことなんか心配するかよ。馬鹿じゃないのか?」
「俺は馬鹿でもいいから少しぐらい心配してやったらどうなんだ」
 流石にあんまりな言い様だったのでイヴもオズワルドに対して罪悪感が湧いた。卑弥呼は「あーあ」とぶっきらぼうそうに吐き出して歩き出す。
「しょうがねえな。本当にしょうがねえから、ちょっとくらいは心配してやるよ」卑弥呼は首だけ振り向いてイヴを見た。「お前の言う通りだ。あてはある。西のほうにある、焼いた黒魔の会の本拠地だ。今は倉庫になってるらしいけどな」
 “我らが神”である卑弥呼がいなくなったあとの焼いた黒魔の会など、実質は解体状態だったのだろう。本拠地も没収されるか永久放置される可能性もあったので、それは予想の範囲内だった。他の場所に向かっている可能性もあったが、信者たちが今もなおあのカソックに身を包んでいたのだ、所縁のある場所を選ぶという考えは的を射ているに違いない。
 足跡のおかげで妙な模様ができてしまった埃の積もる廊下を足早に抜ける。ダレスバッグを抱え、ホーンテッド・ライヴラリを出た。裏口から出たため見張りのオールドビルの目に触れることはなかったが、噂の廃墟建築から見知らぬ人間が出てきたのは近隣の目にとっては怪しく映ったのだろう、数秒ほど見つめてくる者が何人かいた。
「にしても大丈夫なのか?」
「なにがだよ」
「お前が焼いた黒魔の会に赴くこと。お前が危ないんじゃないのか?」
「しょうがねえだろ、そんなの。それよりもイヴはどうなんだ。お前今日外に出たら銃撃戦に巻きこまれるぜ」
「まさしくトリレンマだな」
「なんだそれ」
「学がないならやめておいたほうがいい。お前の占いは外れないんだろう?」
「当たり前だろ」卑弥呼は溜息が出そうなほど憮然とした面持ちで続ける。「占いに裏はない」
「駄洒落か?」




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