白いテディベア(3/4)




 “亜終点”のあるレットマンチェスから離れたリングストン・アポン・ハルクに続くハイウェイは、エグラド東部を引き敷くように横断していて、シーサイドラインとまではいかないにしろどちらかといえば海に近いルートだ。
 このまま海岸沿いのデパートへ行って気球を拝借するのが、イヴの算段だった。
 海岸沿いから行けば、僅かとはいえルーシャまでの距離が短縮できる。大変なのは気球に乗りこんでからだろうがそれを考えるのは気球を前にしてからでも十分なように思えた。まずデパートで食料やテントになりそうなものを調達するかといくらかの思考をよぎらせたとき、イヴは、ルームミラーに映る対象を一瞥した。
 それはさっき後部座席を確認していたときも、もっと言えばモーテルを出るときにも発見したナンバープレートだった。今までいくつかの分岐点があったはずなのにずっと後ろについている。ただの考えすぎならそれでいいのだが、近況を考慮するならそう安易に片付けることもできない。
 イヴは少しだけスピードを落とす。
 何車線もあるハイウェイだ。大抵の車なら、速度のない車は抜かしていくだろう。しかし、背後の車はイヴと同じくスピードを緩めた。なるほど。イヴは緊張を促さないような声音で、オズワルドに話しかける。
「オズワルド。不自然でないような仕草で真後ろの車を確認してくれないか?」
 不自然でないようなと言ったはずなのに、オズワルドは不自然そのものの態度で背後へと振り向いた。後ろの車をじっと見つめる。運転手に手を振った。
「まさか。知り合いか?」
「イヴと?」
「後ろの車の人間と」
「イヴが?」
「お前が」
「まさか。全然知らないひと」オズワルドは手を振るのをやめた。「でも、どういうわけか後部座席のひとが変なものを向けてきてるみたいなの。あれってなんだと思う?」
 イヴに向き直りながら背後の車を指差すオズワルド。指した車の後部座席ではサンルーフから顔を出した人間が、天井にガトリングガンを固定してこちらに太い銃口を向けていた。
「対ショック姿勢!」
 イヴはアクセルを踏みスピードを上げながらハンドルを切る。しかし、それでも避けきれずに、発砲された弾が車を掠める。身を低くしていたオズワルドとセレナータは無傷で済んだが、後部座席側のガラスは粉々に砕けてしまった。キラキラと降り注ぐ破片を払って、オズワルドはダレスバッグを漁る。
「アンプロワイエ?」
「十中八九な。マフィアに絡まれるほどのことをした覚えも、賞金稼ぎに居場所を掴まれるほどのヘマをした覚えもない」
「狙いはイヴ? あたし? セレナータ?」
 イヴは答えなかった。
 答えなくとも本人は薄々察しているようで、セレナータの顔色はどこか悪かった。
「セレナータ、不躾なことを聞くが体に烙印を押されたことは?」
「ないです……」
 一番可能性の高かったスティグマの追跡ではなかった。イヴは逃走に専念しながら他の可能性を考えた。しかし、ルームミラー越しに爆竹を手にしたオズワルドを見つけ、制止の声をかける。
「待て、オズワルド。ライフルを使え。今それを使っても浪費するだけだ」運転しながら続ける。「フロントガラスかタイヤを狙え。弾は鉛に変えろ」
「それは怖いし痛いわ」
「ならば、俺たちが死ぬ。お前は死にたいのか?」
 オズワルドは少しのあいだ押し黙ったままでいた。しかし、すぐにエアライフルの弾を入れ換えて、早急に膝射の体勢を取る。銃身は割れた窓から外に投げ出され、追手の車へと揺らぐことなく向いていた。
「あたしが死ぬのは、あたしが怖いし痛いものね」
 相手がガトリングガンを撃つ前に、オズワルドはフロントガラスを狙って発砲する。
 見事命中した弾は一瞬で窓硝子に緻密な蜘蛛の巣を張り巡らせた。視界を失くした車体は揺らぎ運転が疎かになる。
 それをオズワルドはさらにタイヤを撃ち抜き、追手の動きを止める。
 逆上した相手がガトリングガンを発砲したときにはもうよほど距離が空いていて、イヴたちに当たることはなかった。
「死んではないだろう。気にするな」
 イヴは顔を向けることなくオズワルドに言った。セレナータはルームミラー越しにイヴを見ていたが、彼は振り向くことも、ミラーを確認することもしなかった。
「すまない。引き金を引くのはお前なのに。俺は驕ったことをお前に言った。お前を人殺しにする気はないし、なってほしいとも思わない」イヴは少しだけ笑ったように、一拍置いた。「お前のおかげで助かった」
 オズワルドはゆっくりと顔を上げる。ぼんやりとしたあの真っ黒な目で歯を見せるように笑っていた。
 そこでイヴもやっとルームミラーを確認する。笑うオズワルドを見てシニカルに口角を上げた。それから思い出したように目を細めて「セレナータ」と声をかける。
「もしかしたら追跡用発信機が取りつけられているかもしれない。なにか心当たりはないか?」
 セレナータは顔を真っ青にする。それから震える手で体を摩り、首をふるふると振った。今着ている服はヘルヘイム収容所で用意されたものだろうか。だとしたら、それに秘められている可能性が一番高い。けれど、何度も着脱している衣類の違和感に気づくのは難しいことではないし、着替えのときにこぼれ落ちてしまう可能性だってある。よって、服に隠されているという線は薄い。あとはカプセルにいれ、食事を通し、体内に忍ばせてあるかだ。これも排泄されればおしまいだし、実施性に欠ける。
 そこでふとセレナータが目を遣ったのは、彼女が終始抱えこんでいた、ぬいぐるみの白いテディベアだ。蒼ざめた声で「まさか……」と呟いたときには、オズワルドはそのテディベアに手をかけていた。
「イヴ、貸して」
 なにをとは言わなかったが、それをわからないイヴでもなかった。片手でハンドルを操舵したまま、ポケットに忍ばせてあったバタフライナイフを、オズワルドに向かって放り投げる。
 オズワルドはそのバタフライナイフを開いた途端、白いテディベアの腸をずぷりと突き刺して引き裂いた。
 セレナータは口元を手で覆う。
 柔らかそうな綿を掻き分けるオズワルドは数秒後に動きを止める。しかし、それは一瞬で、次の瞬間には指の動きを早めていた。白いテディベアの中から真っ黒いチップのようなものを取り出す。
「それが発信機だ」
 セレナータは愕然としていた。





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