ブリキの心臓 | ナノ

1


 アイジーが部屋から出てこない。
 そのあとテーブルに戻ったアイジーはいつも通り過ごした。普通に食事を摂り、普通にケーキを食べ、気まずげにしているエイーゼを見向きもしないで、最後のディナーを終わらせた。アイジーとエイーゼの変化に気付かないオーザとイズではなかったが、アイジーは頑としてなにも話さなかった。さっき届いた《オズ》からの手紙もなかったことにして――挙げ句「私は一体いつ死ねばいいのかしら?」なんて言ってみせた。
 私みたいな災厄の子を、いつまでも放っておいては駄目じゃない。私はいつどうやって死ぬの? ゴブレットに入った毒薬の飲めばいいのかしら。それとも海にでも身投げすればいいのかしら。もしくは家族のうちの誰かが私を絞め殺したり撃ち殺したりするのかしら。早く教えてくれなきゃ、心の準備というものがあるのよ?
 冷えるように柔らかな様子でアイジーはそう言ってのけた。場が沈黙すると、「部屋で待ってるから、決まったら教えに来てちょうだいね」もっとも餓死させたいなら来ないでしょうけど――と告げ、アイジーは部屋から出てこなくなった。
 誰かが迂闊にドアをノックしようものなら「ああ、私死ぬのね」なんて返ってくるのだからそんな真似はできない。とうとう真夜中になっても、アイジーは部屋から出てこなかった。
 最後の誕生日だった。せめて悪くはない日にしたかった。そして、結果がこの様だ。エイーゼは唇を噛み締める。
 自分の部屋に並べられたプレゼントの山々やバースデーカードをただ眺めている。美しい包装紙に繊細な刺繍のリボン、ボックスのプレゼントはどれも大きく、カードなど返事が面倒なほど送られて来ていたのだ。そしてこれを送った主は、みんながみんな自分の双子の妹を知らない。
 幼い頃はアイジーが可哀想で仕方がなかった。同じ日に生まれた双子なのにアイジーはパーティーに参加できなくて。エイーゼはいつも、早く終わらせたいと思っていた。パーティーなんか早く終わってしまえばいいと思っていた。そうしたら真っ先にアイジーの元へ行って、誕生日おめでとうと囁くことが出来る。エイーゼがパーティーで投げかけられた以上の言葉を、彼女に与えることが出来る。おめでとうアイジー、また僕と一緒に一つ大人に近づいたぞ、誰も知らないからこそ僕が百人分でも言ってやるんだ、生まれてきてくれてありがとう。いつも独りぼっちでひっそりと部屋にいることしか出来ない妹にしてやれる、最大限の贈り物だった。
――贈ってやれば、よかったんだろうか。
 今日、この日、ただあの妹に、“生まれてきてくれてありがとう”と、そう言ってやればよかったんだろうか。
 アイジーが自分自身の存在に引け目を感じているのはエイーゼも知っていた。あんなに明るかったアイジーが極端に臆病になり、エイーゼの機嫌を伺うように自分の死を差し出してきた。私、死ぬわ。貴方のために死ぬのよ。そんなふうに。だから、自分が認めてやればよかったのだ。あんなに不安がっていたのに。ただ一言、生まれてきてくれてありがとうと、そう言ってさえすれば、全ては上手くいったのかもしれない。
 災厄の子だと知って。
 呪われた子供だと知って。
 どちらかが死ななければならない運命にあると知って。
 それでもそんな彼女をちゃんと見つめていれば、こんなふうにはならなかったのかもしれない。


“エイーゼのために行くわ!”


 その言葉にエイーゼは頭を振る。あの妹は勘違いをしていたのだ。それも大きく、決定的な勘違いを。
 だからこの八年間ずっとこんな馬鹿な冷戦が続いてきたのだ。ただのすれ違いで、奇妙な勘違いで、茶番みたいな意地の張り合いだったというのに。ちゃんと話し合っていれば、こんな結末にはならなかったはずだ。
 馬鹿な妹。
 馬鹿なアイジー。
 そして同時にエイーゼも、どうしようもなく馬鹿だったのだ。


 僕だって、あの頃に戻りたかった。


 なんでも一つ望みを叶えてくれるというのなら、エイーゼですらきっと、それを切に願っただろう。まだアイジー自身が災厄の子であると知らなかった、まだ半身と仲良く笑い合えた、あの楽園にいた日々に帰りたい。お互いに愚かで無知で浅はかだった、何も知らない馬鹿な子供だった、けれどとても満たされていた――もう想い出でしかないあの頃に。
 エイーゼはアイジーの半身であり、アイジーはエイーゼの半身だ。アイジーがエイーゼを大事に思っているように、エイーゼだってアイジーを大事に思っていた。
 それなのに、それなのに。
 エイーゼは父親から貰った花束をじっと見つめた。真っ白な薔薇に寄り添うスミレ。自分たちの瞳の色。なによりもエイーゼとアイジーがシフォンドハーゲンの子供であり、双子の兄妹であるという証。エイーゼはそのスミレを見つめて、見つめたまま、小さく歯噛みした。
 やるせない思いでいっぱいになる。
 隣の部屋で、物音一つ立てずに死を待っている自分の半身。
 真っ暗闇の中一人ぼっちでいるのだろう。
 エイーゼの部屋にあるような生誕を祝う数々はアイジーの部屋には一つだってない。
 これが最後の誕生日なのに。
 いや――本当なら、最後ではなかったかもしれない。アイジーの元に届いた一通の手紙。それがアイジーの未来を繋ぐはずだった。まだまだ生きていられる筈だった。けれど、それをエイーゼは否定してしまい、アイジーは死を待っている――八年間とけなかった、馬鹿な誤解のせいで。
 じっとしていたエイーゼが拳を強く握る。そして部屋を出て、真っ暗闇に染まっていく。

 向かったのは、アイジーの部屋だった。


× |
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -