ブリキの心臓 | ナノ

1


 これは、滅多にないことだ。きっと千年に一度だろうよ……まさかよりにもよってシフォンドハーゲン家からこんな呪われた子が出てしまうとは。それも並大抵の呪いじゃないね……可哀想だが、どうしようもない。一方が生きれば一方は死に、一方が死ねば一方は生きられる。片方が生きているからこそ片方は蝕まれ――――二十歳の成人を迎えるまで、どちらか一方が死ななければ、もう一方が死んでしまう。どちらかを、選ばなければならない。

 ――どちらかを、選ばなければ。





 シルバーブロンドとバイオレットグレーの瞳。それはアイジーとエイーゼが持つ双子の証だった。男女の双子ということもあり鏡のようと表すには過言であるため、なにが一番二人の絆を決定づけるかといえばまずその色合いがあげられるだろう。誰もがアイジーとエイーゼを見て双子だと思う。まるで、天使のような双子だと。
 同じ日に生まれ、名づけられ、同じ日を過ごしてきた二人。同じような顔を持ち、違うのは性別と白黒の服だけだとさえ言われた二人。
 なにが違うだろう。なにが異なるだろう。すべてが同じで、すべてが一緒で、すべてを共有していた。アイジーが冷戦だと称していたあの日々をエイーゼは地獄だと称していたし、その後の仲直りをこれ以上ない幸福だと、同じだけ感じていた。すべてを分かち合える、すべて絆されている。

 ――この繋がりを、運命は双子の神秘と呼ぶ。

「アイジーって白い服が多いよなあ」ブランチェスタは座っていた椅子を傾けてふんぞりかえるように言った。「今日も真っ白じゃん。雪が降ったみたいだ」
「お父様やお母様が着せたがるのよ。特にお母様がね」
「でも白いのとっても似合ってるよ、アイジー」
「清楚な感じがして」
「ブランチェスタ嬢と比べたらそれはもうな」
「おい、ファルコ、どういう意味だ」
 凄まれたファルコは手をひらひらと振って弁明するような態度を取る。
 明日はいよいよアイジーの誕生日だった。当日は貴族でのパーティーがあるため祝えないので、シオンとユルヒェヨンカとブランチェスタはその前日におめでとうを言おうと《オズ》の書架前の談話場で待ち合わせていた。するとどういうわけかシオンにはダレン、ファルコ、ロイスがくっついてきて、おめでとうの嵐にアイジーはすっかり驚いてしまった。ブランチェスタもついさっきまでジャレッドといたので一緒にお祝いをしにいこうと誘ったらしいのだが、ジャレッドは“どうせ明日のパーティーで顔を合わせることになるからいい”と断ったらしい。彼らしい、なんという人付き合いの悪さだ。
 アイジーはミストカラーのソファーに腰掛け、それを囲うようにみんなが取り巻いている。今日はアイジーが主人公だった。厳密に言えば明日なのだがアイジーとしては今日のほうを楽しみにしていた。それは表情にも出ているらしく、朝からずっと緩みっぱなしで、チェリーカットには“顔が暢気でいらっしゃる!”とほぼ暴言に近い言葉を吐かれた。あのワインレッドのハウスメイドはどういう神経をしているのだろう。本人に悪気はないのだからそこがまた厄介なのだが。
「でもアイジーが白い服が多いのと同じように、シフォンドハーゲンは黒い服が多い気がするな」
「シフォンドハーゲン?」
「アイジーの双子の兄貴だよ」首を傾げたシオンにブランチェスタは答える。「そっくりなの、違うのは性別と髪の長さくらい。あー、でもアイジーよりはちょっと落ち着きがあるっていうか、貧弱なこともあるのか?」
「へえ、君に双子のお兄さんがいたとは!」
「アイジーに似て美人らしいぜ」
 茶化すように周りが囃したてる。アイジーはくすくすと擽るような音で笑ったあとブランチェスタに顔を向けた。
「これも昔からなの。私には白が、エイーゼには黒がよく似合うって」
「ああ、なるほど。確かにそうかも」
 エイーゼには黒。
 アイジーには白。
 それが昔からの決まりだった。
「だからパーティーのときに着るドレスは白ばかりよ。髪の色も合わさって、真っ白けって感じ!」
「マシュマロみたいで可愛いよ」
「ユルヒェヨンカったら! 私はあんなに丸々としてないわ!」
 軽く頬を膨らますアイジーの頬をシオンが突っつく。アイジーがそれに噛みつくようなジェスチャーをするとダレンが楽しそうに口笛を吹いた。
「でもそうか、アイジーの話ではよく出てくる気がしてるけど、実際のそのお兄さんにはあったことがないな」
「私も何度か会わせようとしたことがあるのよ? でもダメだったわ。へその緒も分けあった仲だっていうのに交友関係を分けあうことではまんまと裏切るひとだもの」
「アイジー、他にご兄弟は?」
「いないわ。エイーゼみたいな兄弟ならあと何人かいてもよかったけど……ああでも、エイーゼ一人でよかったわ。私にパセリを強制するお母様は二人で十分よ」
「しっかりしたお兄さんみたいだな」
「そうなのよ。しっかりしていて、努力家で、ちょっと高慢ちきで鼻にかけたところがあるけれど世話焼きで押しに弱くってそこが可愛いの。要領がいいくせにちょっと不器用なところとか、なんやかんやで色々心配してくれるとことか私とっても好きよ。優雅な身のこなしをしていて本当に王子様のようなのよ。パーティーに行けば女の子がほっとかなくくて私いつも妬いているわ。でも私が妬いていたらそれに気づいたエイーゼが私の相手をしてくれるの。それからね……」
 次から次へと小っ恥ずかしい言葉が紡がれることにシオンとユルヒェヨンカとブランチェスタは呆れたように首を振る。ダレンたちはぽかんと口を開けたまま固まっていた。アイジーと親しい三人からしてみればアイジーのこの賛辞の山々は慣れたものだろうが、そう近しくもない人間からしてみればおかしなものに見えるのだろう。
「アイジーって、よくもまあそこまで肉親相手に惚気られるよね」シオンが苦笑いをしながら言う。「俺は母さんを褒めろって言われても綺麗な言葉ひとつ浮かばないや。精々俺のご飯を取りあげるのが得意だってことくらいだ」
「今晩はなにが人質だい?」
「パンに5ポンドル」
「メインに7ポンドル」
「読みが甘いな。全部だよ全部」
 その答えにどっと爆笑の波が生まれる。特にファルコとロイスは打ち鳴らすほどにウケていた。
「レーンも人が悪い。せめてサラダくらい残してやればいいのに」
「そうだ、ブランチェスタからお願いしてくれよ。母さんはブランチェスタには甘いから。あんな娘が欲しかったーってね。ブランチェスタからの言葉ならきっといいようにしてくれると思うんだ」
「そりゃあ有難いね。あたしもレーンみたいなひとが母さんなら嬉しいよ」ブランチェスタは肩を竦める。「でも残念だなシオノエル、その話は聞けないぜ。あたしはお前さんとレーンならレーンの味方だからな」
「そりゃあないぜ!」
 頭を抱えるシオンをユルヒェヨンカは宥める。こうして見ると兄妹のようで微笑ましいな、とアイジーは思った。
 そのときアイジーは書架からある人間が出てくるのが見えた。赤を基調とした服を着ていてそれが目覚ましいほどによく似合う。胡桃色の髪に糖蜜のような琥珀色の瞳。自信に満ちた目をしているにも関わらずいまは少しだけ表情が暗い。雰囲気が重そうだ。しかも今日は最近にしては珍しく、彼女の口元が錠前に覆われている――喋ることを禁止したかのような、金属の錠前だった。
「バクギガン教授!」
 その女性、メイリア=バクギガンにアイジーは声をかける。それにシオンたちも振り向いて彼女の姿を見た。
 彼女もアイジーたちに気がついて顔をあげる。それから声をかけようとして、自分の状態に気づき、胸元の鍵で錠前を開けた。口枷を引っこ抜いて静謐な態度で答える。
「やあ、君たち仲がいいね。今日は随分な大人数じゃないか」
 その声の掠れ具合から今日一日今の今までずっと口枷をつけていたのがわかる。最近はその重苦しい金属は外されていて彼女の口元は自由であることが多かったため、何事だろうとアイジーは思った。
「どうしたんですか? 今日の教授、少し元気がなさそうですわ」
 バクギガンといえばあの自信に満ちた表情が魅力的な女性だ。元はアイジーと同じ災厄の子であったらしいが、そんな影を引くことなく堂々とする様はアイジーにとっては憧れでもあった。そんな彼女が少しだけ眉を垂れているのはどうにもむず痒く似合わない。
 アイジーは首を傾げて唱えた。
「ああ……実を言うと、頭取から面倒なことを言われてね」
「頭取……ミスタ・ソルノア=ステュアートから、ですか?」
「そうだ」バクギガンは頷く。「前回、呪いについての経過報告をしたんだが、まあそれが色々と上に引っかかったらしくてね」
「引っかかる?」
「《ハートの女王の呪い》のスキルについてさ。人体に対する《命令》の危険性、脅威生、エトセトラエトセトラ、久しぶりに《災厄の子》扱いをされた気がする。安全の確証が持てるまで、口枷を外すなと」
 バクギガンは微妙そうな色で微笑んだ。頭を掻くように手を当てて「情けないな」と呟く。
「頭取も上を説き伏せようと努力したようだが無理だったらしい」
「そう、ですか……」
「まあ仕方がない、まだ人体に対する《命令》が安全かどうかはわかっていないんだ。いきなり首がなくなられるよりはこうして口を塞いでいるほうが余程健全で安全だ」
 悲しい考え方だと思ったが、彼女の言うことも理解できる。深く頷ける。災厄の子であるアイジーには彼女の気持ちがよくわかった。
「それよりもミス・シフォンドハーゲン。今日はやけに賑やかじゃないか」
「明日アイジーが誕生日なんです」
「十六歳の仲間入りってわけ」
「それの前祝いみたいなものですよ。肝心の本人は当日捕まっちゃってるからね」
 周りの囃したてる声にアイジーはくすくすと花のように笑った。
 それを聞いたバクギガンも破顔させてアイジーに祝辞を述べる。
 十五歳の誕生日を迎えたときはこんな日が来るなんて思ってもみなかったというのに、なんて素晴らしい奇跡だろうとアイジーは思う。
 幼い頃のアイジーは誕生日が来てもなにも変わらなかった。ずっと邸に閉じこもってままだった。それがどうだ。今となってはこんなにも祝福されている。自分の周りに笑顔が溢れている。誕生日当日の明日だってきっといい日になるに違いない。
 エイーゼは長年言えなかった言葉をアイジーに囁くだろう。おめでとうアイジー、また僕と一緒に一つ大人に近づいたぞ、誰も知らないからこそ僕が百人分でも言ってやるんだ、生まれてきてくれてありがとう。いつも傍にいた、ずっと家族で双子だった、そして同じ感情を抱いていた二人を照らす最大限の贈り物。
「ああ、私、もう帰らなくちゃいけないわ」
 アイジーは思い出したように立ち上がった。唇を尖らせるファルコやロイスを無視してシオンが声をかける。
「なにか用事があるのかい?」
「そうなのよ。明日の誕生日パーティーのためにね」アイジーは肩を竦めた。「やんなっちゃうわ。お父様ったら張り切りすぎちゃって、飛びっきりの見世物をするらしいの」
「見世物ってアイジーのこと?」
「ぞっとする話ね」
 茶化したブランチェスタにアイジーは返す。その応答が面白かったのかみんな大きな声で笑った。


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