ブリキの心臓 | ナノ

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 魔法は強かった。奇跡とも言える運命は、お伽話の続きを凄まじく現実として紡いでいく。断じて夢ではない。

 ブランチェスタから“なんかシベラフカと婚約することになった”と、そう聞かされた。それを聞いた途端アイジーは油を挿した歯車のように滑らかな動きで喜びと祝福を贈ったものだ。ただ、当のブランチェスタはやや不服そうな顔をしていて、なんとなく不機嫌めいた態度だった。思い人に見初められてなにが不満なのかと尋ねてみたところ、その婚約の成り行きはこうだという。
 ブランチェスタとジャレッドが踊り終わったあと、ブランチェスタに群がろうとする誰よりも先にジャレッドの父親が彼女にその身の上や出自を尋ねた。ブランチェスタがマッカイアの娘であると知った途端、今まで――少々不服があったとはいえ――デルゾラとアニシナとで纏める気満々だったジャレッドの父親は、次はブランチェスタを婚約者にと推し計らったのだ。ベアトリーチェはそのことに対し機嫌を悪くしたが、貴族でもありシフォンドハーゲン家とも深い交流のあるシベラフカ家と、確実な縁を結べる――その利点の魅力が勝ったのか、その計らいに承諾したという。そしてそれが、それこそが、ブランチェスタの最も気に食わないことらしかった。ブランチェスタは「だって、あのくそったれのお母様のいいように扱われてんだぜ!? あたしあの人の喜ぶようなことはなにひとつだってしたくねえんだよ! 絶対やだ! しかも婚約者なんてわけわかんないくらい堅苦しい立場、なんだよめんどくせえ、そんなの別にいいってあたし!」「ちなみに、ジャレッドは?」「あたしがそう言ったら“君らしい”って言って笑うんだ。笑うだけじゃなくどうにかしろよ!」と、割と本格的に憤慨しているようだった。照れ隠しもへったくれもない。彼女はあくまで婚約者という立場を受け入れるつもりはないらしかった。なんだこの複雑な乙女心は。その後の話はもう付き合ってられなくてアイジーはパスしたのだが、全体的に纏めると、ブランチェスタとジャレッドは前より少しだけ喋る機会が増えたらしい。アイジーからして見れば“あんなにロマンチックに踊っておいてそれだけなの!?”といったところだが、実を言うと実際にブランチェスタに恋情があるかも疑わしかった。いや、多分ジャレッドのことが好きな筈なのだ、どうにもアイジーが勘違いなのかと不安になるほどそれらしい態度を示さないだけで。
 もうこういうのは当事者たちに任せましょう。アイジーは面倒臭くなったのかそう完結させることにした。
 ちなみにブランチェスタとは、舞踏会が終わったあとも友人関係が続いている。ブランチェスタは元より誰とつるむこともなかったため、ユルヒェヨンカよりもスムーズに友情を築くことが出来た。ユルヒェヨンカとはれっきとした友達だが、彼女には元より属していたグループがあるのだ。最近はそこから離れてアイジーといるのだが、そのグループからのアイジーへの視線がとてつもなく痛かった。だからその点においては、アイジーはブランチェスタといるほうがどこか楽に感じた。そう言うとユルヒェヨンカは決まって拗ねる。そうなるとアイジーはユルヒェヨンカを三十分も宥めなければならなくなった。
 結果的にはアイジー、ブランチェスタ、ユルヒェヨンカと、三人で行動を共にしているが、シオン曰く“こんなデコボコトリオでよくバランスを保ってられるよね”、バグギガン曰く“そうくるか”だった。
 しかし、この三人でつるむようになってから、とてもいいことが続くようになった。
 まず、周りの目が変わったことだ。シフォンドハーゲンの娘という腫れ物に近い存在だったアイジーだが、“野蛮人”であるユルヒェヨンカや“灰かぶり女”であるブランチェスタと行動を共にするようになり、アイジーに対するイメージの変化が訪れてきていたのだ。まだ一部の人間の間での話であるにしろ、アイジーはそれが嬉しかった。シオンが好く触れ回ってくれたこともあり、いつもシオンとつるんでいる人間は“やあアイジー”とすれ違い様に挨拶をしてくれるようになった。リジーやスタンとだってナチュラルに話せるようになったし、なにより廊下を歩くときの視線の種類が変わった。これはちょっとないくらいの変化だった。
 そしてアイジーにとってわくわくするほど嬉しいとっておきの出来事がもう一つ。リラ=エーレブルーという、ペンフレンドの存在だ。
 ヘイル家で開かれたパーティーの後アイジーのもとにはいくつもの手紙が届いたが、どれもアイジーを喜ばせるものではなかった。貴族の子らしい駆け引きが文面から滲んでいたし、裏で自分のことを馬鹿にしているような内容にも辟易していた。全部並一通りな封筒に並一通りな便箋に並一通りなペンで並一通りな常套句が綴られているだけ。なにもときめくようなものがない、塵芥に等しい手紙。そんな中で一枚だけ、アイジーを夢中にしてやまない手紙があった。それが、リラ=エーレブルーからの手紙だった。
 真っ白い封筒の中、彼女からの手紙の封筒だけはいつも目立った淡いパープルだった。赤い薔薇の蝋で封じられた封筒を開ければ可愛らしい薄桃色の便箋が飛び出してくる。優しいイチゴのコロンでなぞったその便箋には青いインクで茶目っ気たっぷりなユーモア溢れる文章が送り主の純粋な友情と共に目に映える。リラ=エーレブルーからの手紙は、アイジーにとってこの上ない楽しみの一つだった。
 リラ=エーレブルー。
 彼女はアイジーと同い年の女の子であり、エイーゼのクラスメイトだという。
 パーティーで一度会ったきりだったため顔をよく思い出せなかったが、エイーゼから教えてもらった特徴を繋ぎ合わせてみれば、“ああ、確かにそんな子もいたな”と思い出されてこなくもない。
 豊かなストロベリーブロンドに空のように淡い青色の瞳が可愛らしい、ハート型の輪郭をしたチャーミングな女の子だ。まるで妖精の国から飛び出してきたかのような容姿がとても魅力的なのだが、エイーゼ曰く“学年一の変人”、テオ曰く“水色の卵から生まれたベイビー”、学年が違う筈のゼノンズからも“奇天烈がドレスを着てスキップしてる”と言われる始末だ。そんな彼女と手紙をしていると言うといつもとんでもない顔で見られるのだが、アイジーにとっては彼女以外の人間と手紙をしていることのほうがとんでもなくつまらなかった。
 アイジーとリラの考えはどこか似ていて、エイーゼの友達の誰と手紙のやりとりをするよりもずっと楽しいものだった。


 親愛なるアイジーへ
 返事が遅れてしまって本当にごめんなさい。貴女がカビの生えたパンみたいにカラッカラに干からびてないかとっても心配!
 学校で大量の宿題が出されてしまって、なかなか便箋に触れられなかったの。本当よ。私この三日で腕がパンパンに腫れちゃったわ。いつもよりちょっと字が汚く見えるだろうけど妖精の悪戯だとでも思って見逃してね。
 そうそう、とっても素敵なお菓子をどうもありがとう。貴女が贈ってくれたお菓子、本当にどれも素晴らしかったわ! アンデルセンのお菓子なのよね? 魔法みたいでドキドキしちゃった! しゅわしゅわするチョコレートも弾ける綿菓子もどれも美味しかったけど、私チョコレートマシュマロが一番好き。そう、貴女がお勧めしてくれたものよ、また共通点が増えちゃったわね。
 あんな素敵なものがあるなんて、やっぱりアンデルセンに憧れるわ。お父様もお母様も私とおんなじなの。いっそ引っ越してしまおうかしら。おっきな台風が来て私の家をすっかり飛ばしてくれたらいいのにね、って。
 そうそう、最近アイソーポスで好みの雑貨屋さんを見つけたの。そこで貴女に似合いそうな髪飾りを見つけたから同封しておくわね。素晴らしいお菓子のお礼よ。
 私も舞踏会に行きたかったわ。久々に貴女に会いたかったんだもの。アイジーったら、どうせ私の顔なんて覚えてないんでしょう? いいわよ、私、次のパーティーで飛び切り派手なドレスを着てやるんだわ!
 じゃあまたね、返事を楽しみにしているわ。
 友情をこめて リラ


 私の素敵なお友達リラへ
 貴女からちっとも音沙汰がなくって捨てられたんじゃないかとヒヤヒヤしたわ。でもそういうことなら仕方がないわね。お疲れ様、リラ。けど私を腐りそうになるまで野放しにしておいた罪は重いわ、ジャムを塗りたくってでも食べてもらわなくちゃ!
 お菓子を気に入ってくれてとっても嬉しいわ! ユニコーンの角っていう店よ。聞いたことあるかしら? いつか貴女と一緒に行ってみたい店の一つなの。そんな夢みたいな日がきっと来るかしら。字の癖もお気に入りの洋服屋も好きなお菓子も一緒なんて、私たちって本当は生き別れた姉妹なんじゃないかしら? エイーゼはきっと歳の違う兄なのよ。
 貴女の家が台風で吹き飛ばされちゃったなら私は一体どこに手紙を送ればいいの? きっと住所は教えてね、約束よ。でないと貴女のことを世界一怨むわ。
 それから、素敵な髪飾りをどうもありがとう、リラ! とってもユニークだわ。こんなに大きな蝶の髪飾り初めて。その、エイーゼは気に入らないみたいだけど、私はすごく面白いと思うわ。リラの好みの店に、いつか私も行ってみたいな。
 あーら、パーティーで妖精の魔法使いみたいなドレスを着ていたのはどこの誰かしら。あれ以上目立つようなドレスを着てきたら主役が泣いちゃうわよ。でも、そうね……貴女には淡い紫や青のドレスがとっても似合うと思うわ。便箋や封筒のイメージからかもしれないけど、よかったら参考にしてみて!
 私も返事を楽しみにしているわ。
 友情をこめて アイジー


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