「例えばな。クリオネの糞がカナブンの腹の中に」「待て待て、落ち着け、今の段階からわからん」
「そうか? ならあとはもう俺の特製デミグラス豆乳ポン酢鍋のレシピを公開するしかすべがないんだが」
「早いネタ切れだな」
「仕方ない。一番わかりにくい例えだ」


なにもわかっちゃいない俺が、適当に話すだけの物語なのだけれど。


「――あるところにな。それはそれは美しい姿をした鬼がいたんだ。世界中の誰もがその見目を称賛する、宇宙中の誰もがその容姿を羨む、本当に美しい鬼だ。美しいというのに、彼女は鬼であるばかりに――多分とても可哀相な仕打ちを受けてきたに違いない――ある日その姿を隠すように生きて、きっと、とても悲しい、不幸な日々を過ごしていたんだ。でもある日その鬼にも愛おしいと思う存在が出来た。相手は普通の男だ。紅顔の美青年ということ以外にこれといった取り柄もない、普通の男だ。男は鬼に“お前は綺麗だ”と言ったんだ。彼女は自分のことを肯定してくれるその男のことを、簡単に好きになった。でも男のほうは――なんというか、そうだな、興味がなかったんだ。だから男は彼女の求愛を酷く拒んだ。そればかりか、“綺麗だ”と言ったその彼女に対して“怖い”とまで言ってしまった。裏切った、んだろうか。きっと、そうだな。裏切ったんだ。だから鬼は悲しんで、どこかへ去っていった」


こんな馬鹿げた例えはない。しかもなんだ前半。いくらなんでも朽崎を不幸な境遇にしすぎだろう。脚色も甚だしい。一致してる部分は“紅顔の〜”のくだりだけじゃないか。なんと無様な。
だが俺はそんな感想を噫にも出さず、秋に尋ねる。


「その男は、ほかに、どうしてやることが出来たんだろう」
「さあ」
「だよな」


だと思った。
俺は溜息をつく。


「好きじゃないやつと恋仲になるのもなんか違うだろ。そいつのやったことは、正しい。一つダメ出しするなら“怖い”って言っちゃったことかなあ。いくらなんでも、口にするか、普通」
「まあ、それはそうだが」
「その鬼はさ、多分、ずっとそういうことを言われてきた筈だよ。怖い、とか。人間じゃない、っていうんなら、気持ち悪いとかまで言われてきたんだろうな。そんで多分、人間じゃないから」


秋は人差し指を立てる。


「――――可哀相、って言われたことすらないんだろうな」


同情されることなく。
憐れまれることなく。
被害者にもなれず
徹頭徹尾加害者で。
きっと、泣くことすら、出来なかった。


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