夜の九時。誰もいない校舎の廊下。窓の外の見慣れた景色を眺めていると、秋に話し掛けられた。
あの日以来朽崎は失踪し、かれこれ一週間ほどが経っている。未だ消息は掴めず、どこで何をしているのかもわからない。小波先生も小豆先生も、心配している。もちろん、この摩訶不思議高校の夜間部に在学している人間は所謂“放浪者”なところがあるので、たかが数日来なかったところで何を思うわけではないのだが。でも朽崎の性格上、少なくとも出席欠席の意志は伝えるはずだ。あの真面目な授業態度といい、単なるサボリでもないだろう。噂の切り裂き魔事件にでも巻き込まれていたら――――と不安になっているのが皆の様子だった。俺一人を、除いた。

“貴方だけは、だめだ”

そう言って、大粒の涙を零しながら走り去っていった、朽崎無言。
彼女の悍ましい顔が、悍ましくも淋しい顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
俺に何が出来ただろう。正直に突き放す以外、何が出来ただろう。慰めてやればよかったのか。もしくは嘘をついてやればよかったのか。どれも間違いな気がしてきて、上手く当て嵌まらない。俺が朽崎をフったのは事実だし、俺が朽崎を傷付けたのも事実だ。
もしかして――――これは正しい過程であり、真っ当な結果なのか?
これはつまりお互い――もう顔も見たくない――そういうことなのか?


「どうしたんだよ、元気ねーじゃん並木深夜くん」
「どうかしたが、元気は元からなかったぞ秋=桜=*=エイリアンくん」


名前が長い。
リズムが悪い。

秋は俺の隣に来て壁に背を預ける。眼鏡越しに、宇宙色の瞳が光の加減で弱く煌めいた。窓から吹く風によって赤茶けた髪は揺らめきススキ色の光を放つ。


「で、本当にどうしたわけ」
「どうもしない」
「ダウト」
「リバース」
「ゲームが違うぞ」
「スキップ、ドロツー」
「ドロフォー、UNO!」
「…………六枚引き。俺の負けか」
「じゃあ次は王様ゲームな。六の人は王様に、全部正直に白状しなさい」
「そこは双六をするタイミングだろ」
「いいぜー? 別に。サイコロを振ってみればいい。どうせ向こう六マスは“ふりだしにもどれ”だ」


達観したように微笑む秋。
俺は「ギブ」と呟いて肩を竦めた。


「俺も全部を上手くは話せないから……そうだな、例え話でもいいか?」
「ん? オッケイ」
「助かる」


流石に告白どうこうを俺や朽崎自身で話すわけにはいかないからな。互いの尊厳的にも。
とは言ったものの、何に例えればいいのやら。
俺は首を捻る。


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