有名人
俺は普段通りの道を、普段通り歩いていた。
ただいつもと違ったのは、ふとすれ違った奴に既視感を覚えた事だ。
相手は友人やご近所さん、と言った知人ではない。
「あれ?貴方どこかで…。もしかして俳優か何かやってません?」
そう、言うなれば有名人。俺が一方的に知っている存在。
別にミーハーでもないくせにどうしても気になったものだから、道端ですれ違った他人でしかない奴に俺は声を掛けたのだ。
自分で言うのもなんだが、誰だかも分かっていない相手に話し掛けるとか失礼を通り越し不審者ではないだろうか。
女性相手ならば下手なナンパとあしらわれ、子供相手ならば通報されていても可笑しくない。
そんな不審な声を俺から掛けられた相手は、帽子を目深に被った長身の青年だった。
シンプルなパーカーとジーンズ姿。靴はスニーカー。突出して奇抜な要素はない。
しかし何処と無く浮世離れした雰囲気が、俺にテレビの向こうの存在だと告げられても驚かない自信を持たせていた。
まぁ顔はちらとしか見ていないから正面から拝んで前言を撤回する可能性も無きにしも非ず、なのだが。
「え?」
不意に呼び止められた彼は両手をパーカーのポケットに入れたまま綺麗にUターンして此方へと振り返った。
「ドラマだったか…いやCM…?」
偶々サスペンスでも見掛けた時だっただろうか…そう思うとそんな気がして来る。
主役の刑事…ではないのは流石に分かる。ならば目撃者、犯人役だろうか。
或いは昼ドラ?それか電車の広告だったかもしれないし、何処と無く演技掛かった彼の挙動を視ていると舞台を思い出さなくもない。
呼び止めた手前、せめて何処で見たのかくらいは思い出そうと俺は頭をフル回転させていた。
彼の顔をがっつり見ていたわけじゃないんだ。偶々記憶に残っていた、その程度のものだった筈。
俺は彼を何処で見た?何処で…
すると。
「判る人がいるとは思わなかったな」
不意に彼が口を開いた。
それから後ろに貼ってあったポスターを指差す。
「アレのことっしょ?」
交番横の掲示板。
ピンと来たら110番。
end
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