言の葉

「おはよう」
『おはよう』

「いい天気ね」
『本当だね』
『今日は洗濯日和じゃないかな』
「そうね、日が陰る前に干さなくちゃ」

「いただきます」
『召し上がれ』
『美味しくできたかな?』
「ちょっとしょっぱいかも」
『塩を入れ過ぎたのかな』
「そうかも知れないわね…次は減らしましょう」
『そうだね』
『次は上手くいくさ』

「これ、どうかしら」
『どれどれ』
「パッチワーク、今回は大作なのよ」
『そうだね』
『そう言えば昔から好きだったね』
『それに器用だった』
「布団カバーにしようと思うの」
『素敵な考えだね、実現する日が楽しみだ』



───…‥

「ねぇ見て見て!」
「ん?なんだい?…ああ、パッチワークだね。今回は何を作っているのかな?」
「これはテーブルクロスにしようと思うの」
「素敵な考えだね、実現する日が楽しみだ」



───…‥

「…懐かしい会話を思い出したわ」
『どんなだい?』
「貴方がまだ生きている頃の会話よ」
『そうなんだ』
「貴方には感謝しているの」
『僕もだよ』
「こんなに沢山の"言葉"を遺してくれた」
『僕にはそれくらいしか出来ないからね』
「今まで話した事、これから話したかった事」
『万能じゃないさ』
「確かに、たまには声を聞きたくもなるけれど」
『ごめんね』
「いいの、この"筆跡"が今の貴方の声だから」
『うん』
「私は救われる思いよ」
『それなら良かった』
「いつも貴方と一緒だったから」
『僕はいつでも君を見守っているよ』
『君が前を向けるまで』
『どうか幸せになって。僕に囚われ悲しみ続けることを、僕は望んでいない』





私は貴方に依存していました。
それを貴方は気が付いていたのでしょう。
自分が病気でもう長くはないと知っても、貴方は自分の事よりも私を気遣ってくれていました。

遺された私がその悲しみに耐えられないと察した貴方は、私に言葉を遺してくれました。
毎日病床でペンを握り、小さなメモに一言ずつ。
出来得る限り生前と同じ会話が出来るようにと。
そのメモが部屋にいっぱいになった頃、貴方は静かに息を引き取りました。
貴方の遺した言葉は、確かに、確実に、私の悲しみを癒やす支えになりました。

私はまだどうしよもなく悲しくなる時があります。
それでもどうにか立ち上がる事が出来るようになりました。
立ち上がって、ふらつく私を支えてくれる人達が居ることにも気が付けました。

だから、私は貴方だけに頼る事をやめようと思います。
そしてあの時私が聞く事を拒んだ言葉に、貴方が最後に遺したたった一度の為のこの言葉に応えたいと思います。

だからどうか安心して。

「今までありがとう」

『さようなら』
「さようなら」



end

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