極秘情報

───A社ビル某所にて。

今の時間は使われる予定のない会議室に人目を避けて滑り込む二つの人影があった。

しかし相変わらずこの部屋は無人だと言わんばかりに生き物の気配を殺し、それを強調する様に電灯ひとつ点けない薄暗い室内のままである。

「いいか。これから君に話す内容は絶対に口外してはならないぞ。我が社の明暗を握る極秘プロジェクトなのだからな」

影のひとつ、壮年の男が最低限の声量で、しかし力強く口を開いた。
彼はとあるプロジェクト───彼が言うところの"極秘プロジェクト"───に措けるリーダーだ。

その言葉にもうひとつの影、青年も確かに頷く。

彼もまた若手ながらにその手腕を買われ、極秘プロジェクトのメンバーとして正式に採用された一人なのだった。
そして今まさに社員にすら公にされていないプロジェクトの内容を打ち明かされようとしているのである。

「絶対に喋りません。例えこの命に代えましても」

ただ成らぬ決意。

この機密を守り抜く為にA社が細心の注意を払っていることは言うまでもない。

人選は勿論、内容に繋がる物ならば走り書きのメモ一枚から徹底管理が成されている。

紛失を許す筈もなく、その分ライバル会社がプロジェクトの内容を知りたければ手段は限られていた。

一番理想的なのはA社に潜り込んだスパイが極秘プロジェクトのメンバーに選ばれる事であろうが、技術を認められ尚且つ絶対的な信頼を勝ち得るとなると針の穴に糸を通す様な話だ。

ならば表向きは通常生活を送るメンバーに接触し直接聞き出す方法が、一番容易で情報を入手出来る可能性も高いと考えられるのは必然と言えよう。

だからと言って酒の席でつい、なんて万が一にも許されない話である。
当然プロジェクトメンバーにそんな間の抜けた人員は選ばれていない。

ともなれば躍起になった相手が口を割らす手段は必ずしも"穏便に"とは限らなくなって来るのだ。

彼等は正に命懸けでこの内容を黙秘する義務が課せられていた。

青年は技術だけではなく嘘を吐かない、職務に忠実な男であるとの高い評価も得ている。
このプロジェクトに持って来いの人物なのだ。

「…」

暫しの沈黙を経て、彼の決意を認めた壮年の男は再び口を開いた。

内容を告げるために。

「実はな…」











───数日後、B社ビル某所にて。

「おい。痛い目を見たくなけりゃあテメェの会社が何を企んでいるのかさっさと吐きな」

窓も無い───恐らく地下だろう───部屋に、椅子に拘束された青年とその前に仁王立ちする男以外には存在しない異様な空間。

とても社員同士の"お話し合い"とは言い難い光景だ。

「こんな状態にもテメェだって飽きただろう」

椅子に縛り付けられているA社社員と、諭す様に言い含めるB社社員。

B社がA社の極秘プロジェクトの存在を最初に嗅ぎ付けたのは最近ではないが、今までどんなに探りを入れてもその内容を掴めないでいた。

行き詰まっていた矢先、A社に潜入しているスパイから近頃件の極秘プロジェクトに引き込まれたと思われる社員を発見したとの報告が入ったのである。

そこでその社員を多少強引にではあるが、B社へ招待することにしたのだ。

連れて来たのはまさについ先日プロジェクトリーダーからプロジェクト内容を詳細に聴いた青年である。
聞き出せれば確実に調査の進展を図れるが、如何せんちょっとやそっとの恫喝には屈しない手強い相手でもあった。

それ故何人かの"訊き手"が彼の元にやって来たが、肝心の内容を持ち帰った者は未だゼロである。

「無理です。話しません」

彼はその一点張り。

「本当に噂に違わぬ口の固い野郎だ」
「ええ死んでも言いませんから帰してください」

強気の態度を崩さない彼に、何人目かの訊き手も辟易していた。

収穫無く帰れば上司にドヤされるだろうが、また明日は違う訊き手が訪れるのだろう。
そいつに交代しここでの事さえ忘れてしまえば、後はもう知ったことではない。

「…はぁ。こっちだって好きでこんな事をしているんじゃないんだぜ」

男は既に匙を投げ掛けていた。
だからこんな愚痴にも似た台詞を吐いたのだろう。

「まったく…テコでも喋る気がないなら、テメェはどうしたら教えてくれるんだ?」

男の問いに青年は相変わらず顔色ひとつ変えずに答えた。

「じゃあ紙とペンを用意して下さい」



end

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