とらう
「てめ、いい加減に帰れ!」
台所からリビングに数歩。
仁王立ちし目の前のこたつを占領している大きな影にドスの利いた声で威嚇するのは、この部屋の家主だった。
「えーいいじゃん。今日は聖なるクリスマスよ?たまには家族と過ごそーよー」
こたつで丸まりながら呑気に反論するのはこの家主の弟。
正確には義の付く弟なのだが、両親の再婚から早数年。
完全に義兄に懐ききっていた。
家主こと白髪まで色を落とした髪を後ろで束ねる小柄な兄は今、社会人をしている。
高校時代は地元じゃ知らない者のいない不良グループのトップだったが、今は見た目と口の悪さにその名残を残すのみである。
そしてそんな兄、イナバに懐く弟、タイガもまた元不良だった。
就職したイナバと違い大学に通っているタイガも、高校卒業を機に不良生活からは足を洗ったらしい。
名前に由来し虎を模して金髪に黒メッシュ…にしようとして途中で面倒くさくなったというただの金髪も、今や虎ではなくプリンになっている。
誰ともつるまず、売られたケンカのみ買っていくスタイルは「孤高の虎」のようだと当時はイナバのグループ内でも一定のファンがいたのだが。
寡黙、クール、仕事人。と持て囃していた仲間とそんなイメージに納得していた当時の自分にタイガの本性を並べ立ててやりたい。とイナバは日々胃を痛くしていた。
「何がたまには、だ!年がら年中入り浸ってんじゃねぇか!」
一人暮らしを始めたイナバの家に「大学が近いから」とかなんとか言っては転がり込んできていたタイガ。
鍵を開けない対応をしていたら知らぬ間に実母からタイガへ鍵を託され、殊更いつでも上がり込めるようになってしまっていたのを後悔してももう遅い。
「クリスマスくらいよそ行け!家帰れ!」
「えー。義母さんたちだってクリスマスは水入らずしたいじゃん?気ぃ使ってのことだよ」
「俺にも気を使え!」
イナバは遊び人だ。
不良としての腕っぷしすら、元はと言えば人様の彼女を寝取ってはその彼氏達からの報復を返り討ちにしている内に身に付いたくらいである。
勿論社会人になり、不良をやめた今でもその性格は変わらない。
一人暮らしをはじめたのだって、再婚したばかりの両親の邪魔をすまい。とは別に、好きに女を連れ込めるから。という立派な理由があったのだ。
にもかかわらず、義弟が入り浸るせいでそれもうまくいっていない。
折角クリスマスなのに直前に彼氏と別れたと泣いていた女の子に目を付けていたというのに。
「いーじゃん。いい加減女の子離れしたら?」
「いや、それはする必要なくね?」
こたつでだらけながら当たり前みたいに問うてくるタイガへ真顔でツッコむイナバ。
不良生活と並べ、女遊びを控えたら?くらいの言い方ならわかるが、女離れは流石にしなくてもいいだろう。
別に俗世を捨てる趣味はない。
まぁ女遊びを辞める気もないが。
「それになぁ、女の子だけじゃねぇんだよ!呼べねぇの!」
「え…オニィチャンそっちの気もあんの?」
「色々キメェこと言うな」
想定外の返しに、ごそごそとこたつの反対側へ体をねじ込んだ筈のイナバは鳥肌が立ってしまった。
イナバにそっちの気はないし、男で呼びたいと言ったら不良時代の仲間たちだ。
そんな奴らと…とか、尚更拒否感が募る。
それ以上に年の差は誕生日差しかない同い年のガタイのいい野郎に「オニィチャン」呼ばわりされることが何よりキモい。
言っててキモくないお前の神経はどうなってんだ?ってくらい似合わない。
もちろん普段は言わない。
からかってくる時だけだ。
それがまたイナバの神経を逆撫でる。
「おまえのファンはまだいい。俺ん所にはお前をライバル視してたやつだっていんだよ。ケンカ大好き人間にお前なんか会わせたらうちがめちゃくちゃになる」
こたつをガタン!と言わせてタイガに威勢よく噛みついたイナバだが、机の上のお茶が溢れそうになって焦っている姿をタイガに笑われて消化不良に終わった。
広くもないこたつで器用にするりと回転して起き上がってくるタイガが自分用に用意されたコーヒーを飲みながらニヤニヤと笑ってくる。
「な、なんだよ…」
「いやぁ…?」
するり、とこたつの下で足を絡ませてくるタイガにビクリ、と体をこわばらせるイナバ。
「じゃあやっぱり今年も二人きりのクリスマスだなぁって」
タイガが肘を付いてイナバの瞳を真っ直ぐ見つめてくる。
その熱の篭った瞳はここ数年で何度も見た。
最初はそれこそ「ケンカしたいのか?」とか思ったが違うのはすぐにわかった。
欲求不満はそうでも、そっちの熱じゃない。
と、わかっても「キモい」としか思わなかった。
イナバにしてみればそんな気は無いし、ヤリたきゃよそでヤレって話だ。
しかし相手は腕に覚えのある元不良野郎。
ガタイも合わせて簡単に追い出せる相手ではない。
鍵も持ってるし。
だからといって自分が出ていくのは癪に障る。
そんな意地を張って嫌な視線を向けられながら居心地の悪い我が家生活を過ごしている内に、
なれてしまった。
イナバからしたらサクッと手を出してしまうような場面でも別に手も出してこないし、ならまぁいっか。とか思って半ば二人暮らし状態を妥協できるくらいにはスルースキルを上げてしまった。
それでもこうはっきりとした感情を向けられると戸惑いは隠せない。
肉食系女子だって相手にしてきたし、むしろ利害の一致がしやすくて都合が良かったくらいだ。
なのにタイガ相手となると、立場が逆転したような落ち着かなさがある。
いや、実際に一方通行に「狙われている」のだから間違ってはいないのだが。
「ケーキ、買ってきたから一緒に食べよう?ウサギみたいに真っ白なクリームに真っ赤なイチゴの乗ったホールケーキだよ」
「…おう」
最近ほだされている気さえする。とイナバは赤くなった顔を逸しながら小さく返した。
そりゃ、こんだけ四六時中いてズボラなくせにことある毎にイナバの好きな物を用意していて、なんだかんだ趣味が合えば連れ子同士だろうとそれなりに仲は良くなるだろう。
その上で意識せざるを得ないとなればイナバからも意識しだすし、もしかしてアリかもしれない。くらいにはタイガの思うつぼになっていることだってある。
「じゃ、準備してくるね」
「…おう」
これは女の子離れが続いているせいだ。と自分に言い聞かせてこたつの布団を引っ張って丸くなるイナバを盗み見て笑みを浮かべるタイガ。
外には雪が降り始め、室内もこたつでは心もとない寒さになってきた。
今なら案外グッと距離を縮められるかもしれないな。
そんなことを考えて舌なめずりする肉食獣の存在に、自身の下半身の熱に気を取られている白ウサギが気がつくことは無かった。
end
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