ぽい。
「俺は子供じゃない!」
目の前の後輩は相変わらず煩い。
「子供扱いすんじゃねぇッス!」
「…いやしてないって」
元から煩かったけど、ちょっと前に気になってた女子にフラれたお陰で一段と煩くなった。
その女子ってのが俺と同じクラスだったわけなのだが、俺ん所に遊びに来た時に「年下はナシ」と言う彼女の雑談を聞いてしまったらしい。
まぁだから、フラれたと言うより地獄耳のせいで勝手に玉砕したわけだが。
落ち込まれるより良いのか知らないが、話したこともないクラスメイトの言葉を真に受けた結果が俺への当たりの強さは納得がいかない。
大人びたいなら落ち着きを身に着けろ。
「つーかなら進んでカフェオレ取ろうとすんな。これは俺のだ」
と、後輩がキレた原因、先輩から貰った缶コーヒーを俺は後輩の手からさっと取り返す。
先輩がくれたのはブラックとカフェオレの缶コーヒー。
コーヒー飲めない派の先輩が友達用に買ったコーヒーが必要なくなったからと言ってくれたのだ。
それのどっちをあげるとも、そもそもあげるとも言っていないのに勝手にカフェオレを手にしたのは後輩でしかないのだが?
「俺がブラック何ぞ飲めると思うな」
「ぐっ…」
ドヤ!と子供扱いが怖くない俺は胸を張る。
そしてさっさとカフェオレを開けて口を付ける。
これは俺が貰ったのだ。
選ぶ権利は俺にある。
砂糖もミルクもない教室でブラックを選ぶマゾっ気は無い。
悔しそうにこちらを睨む後輩に「ブラックいる?」と聞いたら、大人振りたい割りに尻込みした。
ま、そうなるわな。
知ってる。
後輩はなんなら俺より甘党だ。
「おーい、これやる!」
「お、サンキュー!」
苦い顔して一舐めしかされないのはくれた先輩と缶コーヒーに悪いので、後輩が無駄な意を決する前にブラックが飲める友人に投げて渡す。
あいつにはさっきノートを借りたからまぁ丁度いいだろう。
「…」
「しゅんとするな」
飲めないくせに露骨にがっかりする後輩。
こいつ、強欲で身を滅ぼしそうだ。
「ほら、これで満足しとけ」
「んぐっ」
飲まないブラックに後ろ髪引かれまくってる後輩の喉に自分が飲み残したカフェオレを流し込み、缶を手に持ったことを確認した俺は席に戻る。
俺は缶を捨てに行く権利を後輩に譲渡できる、後輩は飲める飲料で喉を潤せる。
なんてウィンウィンなんだろう。
むせてるのは知らん。
気管支の弱い後輩が悪い。
「ゲホッゲホッ、なにすんスか…!」
「カフェオレのがうまいっしょ?」
怒ってくる後輩を尻目に俺はニヤニヤ笑って返す。
こいつは普段から半ギレみたいに喚いてるからちょっと怒った所で大層変わらない。
つまり耐性付け過ぎて怖いくらい怖くない。
いや、耐性無くても怖くないか。
「ううぅ…」
呻く後輩。
「はいはい怒らないの。このグリーンピースもやるから」
「先輩が嫌いなだけじゃないッスか」
「わかってんなら黙って食え」
弁当を広げいそいそとこちらからのお裾分けを果たし、代わりに後輩からハンバーグを一切れもらう。
別にそっちから美味そうなもんよこせ。とは言ったことはないのだが、いっぱい食べないとダメだ。とオカンみたいな小言と共にこんな理不尽トレードをしてもらえることになったわけだ。
「お前の弁当、美味いよな」
昨日は野菜を肉で巻いたやつだった。
冷食っぽくなかったのだが、今回のハンバーグも違うように思う。
「そりゃ、良かった…ス」
そっぽを向いて照れる後輩。
あれ?もしかして。
「この弁当、お前が作ってる?」
「…」
俺の問いに言葉も視線も帰って来なかったが、小さく頷いたのは見逃さなかったぞ。
「へぇー。じゃーさ、来週から俺の飯も作ってくんない?材料代は俺が持つから」
ちょっと身を乗り出して聞くと、後輩は勢い良くこっちを向いた。
見開いた目はどんな感情を表しているかよくわからない。
驚いた、には違いないだろう。
「今のこの弁当さ、姉貴の彼氏向け弁当の練習台なんだよね。その人好き嫌いないから俺の嫌いなもんもバンバン入ってくんの」
「へ、へぇ…お姉さん…ねぇ」
俺の愚痴混じりの事情説明に興味なさげにグリーンピースを自分の口に運びながら相槌を打つ後輩。
でもちらちらこっちを気にしてる辺り、話はちゃんと聞いてくれているようだ。
「でさ、遂に来週からは本番に切り替わるわけよ。その後の俺の飯事情は知らんて話だし、母さんの冷食もコンビニのパンも手はあるけど、こう美味いもんが目の前チラついてんのに気乗りしないんだわ」
「…」
嘘は吐いていない。
飯の経路を確保したいだけなら簡単な手は他にあるのだ。
だから無理強いはするつもりは無いのだがどうだろう。
できれば美味しいもんが食いたい。
「べ、別に良いけど…」
「よっしゃ」
声に出して喜んだら向こうの方から「良かったな!」とか祝福された。
飯事情を愚痴ってた他のダチだ。
何かよくわかんないけど喜んでるから祝福してくれたらしい。
「先輩、バカじゃねぇの」
「バカって言ったら言った方がバカなんだぞ」
呆れ口調に似合わず楽しそうな後輩に胸を張ってベタな反論をしたら、キョトンとした上で吹き出された。
「ク、クク…先輩ってホントガキっぽいッスね」
「ガキっぽくて結構。人生楽しんだもん勝ちっしょ」
楽しそうな後輩に迷わず親指を立てると更にツボに入られた。
俺は思春期だろうと子供の特権、学生の特権を最大限振りかざす所存だ。
大人振るより馬鹿やっても許されたい。
彼女は欲しいがそれより今は美味い飯が食いたい。
「実際俺等なんか子供なんだから子供っぽくてもしゃーなくね?」
「それ言えんのって逆にスゴイっす」
「そか?」
一通り笑っていた後輩に不意に尊敬された。
「先輩は俺が子供っぽくても気にしないッスか?」
「それ、俺見て言う?俺より子供っぽくなってから出直せ」
意中の女子が年下論外なのはお悔やみ申し上げるが後は知らん。
これ以上言われたら嫌味とみなしてもいい。
「わかった。俺、ワガママになるから先輩がちゃんと責任とるんすよ」
「お前の嫌いなもんくらいは代わりに食ってやるよ。俺も嫌いじゃなければだけど」
妙に晴々した後輩に謎の宣言をされたがまぁ良いだろう。
面白そうな事をするなら俺だって共犯になってんだろうし。
こいつの事だからまた暫くしたら俺に会いに来たついでに他の女子に惚れてソワソワしだすだろう。
そしたら今度は恋路を手伝ってやるか。
面白そうだし。
「一々周りの言葉に翻弄されるのはもうなしッスね。先輩のことは先輩に聞くのが早い。もう迷わず胃袋掴んで次のステップ目指すッス」
「なんだ、もう他に気になる女子でもいるんだ?」
「…」
俺がワクワクしてるのを露骨に顔に出したら不服を露わにされた。
「ま、いいや。練習台でもなんでもいいから弁当はやめないでな」
「やめないッスよ。やめるわけ無いし!一生食ってろバァーカ!」
end
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