そのチョコ、宛はありますか?
「よし、チョコでなんか作ろーぜ」
「は?」
2月に入って一週間とちょっと。
俺等は重大な直面に瀕していた。
つまるところ数日後、何があるか。
バレンタインである。
モテてるやつが明確化し、俺等日陰者には義理チョコくらいは配って回ってくれる女子がクラスに一人はいるよね!?という期待だけで登校しなくてはならない、あの日だ。
母ちゃんか姉ちゃんかご近所さん。
それ以外から個別にチョコなんか貰った日には、俺等の友情が溶けて無くなりかねないあの日である。
俺等は普段四人組でつるんでいる。
が、事件があったのだ。
その内一人が抜け駆けして彼女を作りやがった。
しかも、今年は彼女から本命手作りチョコが貰えるんだー。とことある毎に浮かれ、惚気けられる事態。
あいつに悪気がないことは重々承知だし、素直に祝ってやりたい気持ちもあるのだが、こうなってくると次は誰がリア充になるか、残された俺らは戦々恐々ということを理解して欲しい。
ここでチョコを多く貰ってみろ。
一歩前進間違いなしだ。
俺だってチョコ欲しい。
手作りとか全然有りの人だし。
ま、そんな期待はするだけ絶望が深くなるだけだが。
「何故チョコ作り」
四人組の一人が彼女のもとへ、一人が部活へ、となった今、放課後の暇人は俺ら二人だけとなってしまった。
帰り道も途中まで同じだし、こいつとは友達の友達的な関係だった割にサシになっても話さなくはないのだが。
未だにこいつの言動が読めない時がある。
「だってチョコ食いてーべ」
「ま、まぁ」
今も口の中をモゴモゴ言わせている甘党からは納得のいく理由が紡がれる。
「いや、買えばよくね?」
しかし俺はすぐに我に返った。
バレンタイン用に今ならいつも買えないチョコだって売っているのだ。
わざわざ野郎が不慣れなことしてチョコ菓子を作る必要はない!
市販の方が絶対おいしい!
「手作りの方が安上がりじゃね?」
「板チョコの方が安上がりじゃね?」
今度は早い段階で言い返す。
「どーせ暇だし」
「ゲームあんじゃん」
また返す。
別に何が何でも菓子作りを回避したいわけでもなかったのだが、こう食い下がられると言い返したくなる。
なんか楽しいから。
「でもっ、でもっ!ん〜〜〜」
尽く俺が看破していると理由が尽きたのか隣から唸り声が聞こえた。
俺としては「勝ったな。」である。
ニヤつきが口元に表れているのを隠しつつ、でも勝手に勝負化してここまで食い下がって来ていることを諦めさせるのは悪いかな。とか罪悪感を覚えたり。
「…別に作るのくらい良いぞ」
どうにかチョコで何か手作りしたい挙げ句、同じく暇を持て余している俺を巻き添えたいらしいこいつの諦めの悪さを認め、俺から白旗を降ってやる。
と、目に見えて嬉しそうな顔がこちらを向いた。
こらこら、そーゆー顔は彼女を作って本命手作りチョコをくれるって言ってもらった時にしなさい。
「どーせ姉貴が彼氏やら家族やらに配るチョコを作るって言ってたから、道具もうちなら揃ってるぞ。こっちでやるか?」
「え!」
滅茶苦茶驚かれた。
姉の存在は話したことがあった筈だが。
俺の姉貴に彼氏がいることは意外か?
あいつはモテるんだよ。俺と違って。
そう言えばこいつは俺の家には来たことなかったよな。
ゲームの充実した部屋を持つ友人がいると、つい集まると言ったらそこ、になっちゃうよな。
だから別に機会が無かっただけで、うちに誰かを呼ぶのが嫌だったとかじゃないけど。
そんな「いいの?」と繰り返し確認されると、逆に駄目だと言いたくなってくるぞ。
「やった!」
でもまぁ、こんだけ喜んでるなら料理くらい付き合ってやってもいいか。
どうせ暇だし。
「材料は買って来いよ。作り方は姉貴に聞けば…」
「いいい、一緒に買いに行こう!作り方は俺が調べるからっ!二人で作ろう!」
「お、おう…」
なんか気圧された。
バレンタイン間近に野郎二人、仲良くチョコの素材を買いに行くとかキツくね?
一人で買い出しもまぁ…アレだけど。
何か作りたい菓子でも決まってんのか?とか思いつつ、目の前で既に浮かれているやつを眺める俺。
うーん。
姉貴にはホワイトデーに返さなくちゃいけないから要らないだろ。
それにあいつらも。
彼女持ちは彼女様からチョコを貰う予定があるのだから論外だし、部活野郎も手作りなんて渡したらイジってきそうだから、友チョコなんてそのへんのファミリーパックで良いよな。
自分のおやつと兼用で。
態々手作りしてまで渡す相手はいないなぁ。
だからといって自分で食うのにそんな面倒なことをするとか意味わからん。
つーか毒味役が欲しい。
そういえば、これだけゴネてまでこいつが手作りしたい理由はなんだろう。
渡したい相手がいる?
もしかして実は好きな女子がいたりするのだろうか。
今時、男から渡しちゃいけない道理なんてないもんな。
チョコのでき次第では告白に「YES」を貰える可能性だって上がるかもしれない。
チョコのでき次第では。
「な、なんだよ…」
「いやぁ?」
露骨なニヤニヤ笑みを向けていたら訝しがられた。
そうかそうか。
俺らとつるんでばっかのこいつにも、恋愛感情とか有ったんだなぁ。
意外だなぁ。
ブーメランである。
「で?で?誰に渡すんだよ。田中さんか?それとも橋本さん?」
我慢できずそれっぽい名前を挙げながら問う俺に心底面倒臭そうに「違うよ」と答えるこいつの様子からして、本当に違いそうだ。
当たっていたらこいつの事だ、誤魔化しもできずに真っ赤になるに違いない。
でも誰だろうな。
学校外にいたら詰んでるけど、塾も行ってないこいつにそんな繋がりとか無さそうだしなぁ。
「じゃ、俺にはくれる?」
作ろうと誘われたからにはお裾分けくらいは有るだろう。とか思いつつ茶化したら。
「っ、」
口元を抑えたくらいじゃ隠しきれない真っ赤な顔をこいつは見せた。
あれ?
「や、やるからっ、だからお前が作ったやつ、俺によこせよ!絶対!」
「お、おう…」
予想外の反応に圧され頷いた後も、何となく気恥ずかしい空気は収まらない。
俺が作ったやつなんて貰って嬉しいか?
まぁチョコなら何でもいいとか、かな。
しかしまぁ瞳まで潤ませちゃって。
なんつーか、ちょっと可愛く見える。
こいつ、こんな顔もするんだな。
「…」
「…なぁ」
暫しの沈黙の後、俺が口を開く。
「ちゃんと美味いやつ作れよ」
「うん、頑張る」
俺もちょっとレシピくらい検索するかね。
end
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