とらとら

「お前なんか仲間じゃない!」
「そーだそーだ!」

 真っ白い毛をもつ僕は、子供の頃から皆に敬遠されていた。

 ホワイトタイガー。
 僕等はそう呼ばれる少数の虎族だ。

 橙の毛が一般的な虎族の中にいると、どうしても目立ってしまう。

 僕もそうだった。
 お母さんも。

 どこに行っても居場所がない僕等は、それでも生きるため、集落から集落へと渡り歩いた。

「は、はじめまして」
「…」

 君に出会ったのも、そんな相次ぐ引っ越しの最中だ。

「あ、あの…」
「…」

 お隣さんになった家には、僕と同い年の君がいて。
 僕は挨拶しようと手を伸ばしたけど、君は黙ったままそっぽを向いた。

「すまんなぁ、こいつは虎見知りでな」
「いえ、こんな毛色ですもの。はじめで見たら驚くのも無理ないですわ」

 君のお父さんは僕達相手でも差別しないで笑顔を向けてくれた数少ない虎だ。
 僕等から距離を置く虎達の仲介をしてくれて、僕達の生活のいろいろなサポートまでしてくれた。

 昔、ホワイトタイガーの知り合いがいたからだってことも、お茶の席で教えてくれたね。

「おと、おとうさん!」

 僕はそんな君のお父さんを慕い、よく懐いていた。
 彼が嬉しそうな顔をするから「お父さん」と呼ぶようにもなった。

 その頃からだろうか。

 君は僕に、より一層不快感を示すようになった。

「おはよう」
「…チッ」

 無視ではなく、明らかな舌打ち。

 お父さんの知り合というのは、君が生まれるより前にいなくなってしまったらしいから、君にはホワイトタイガーへの不快感があるんだと納得するようにしていた。

 お母さんは困ったように眉を下げ、お父さんは「あいつは阿呆なんだ」とため息をついていた。

 出て行けとは言われない。
 石も投げられない。

 だからそれくらい、なんてことない筈なのに。
 それでもやっぱり寂しくて。

 他の誰に嫌われても慣れっこだったのに、君に避けられるのは、なんだか辛かった。

 自分のお父さんを他人にお父さん呼びされるのは嫌だったのかもしれない。
 そう思って名前で呼ぶようにしようとした時は、唯一君からキレられた記憶がある。
 すごい気迫で、引っ込み思案で弱気な僕なんかとは全然違って、強い雄って感じが、怖かったけどかっこよかった。

 お父さんは何故かニヤつきながら、今までの呼び方でいい。と言ってくれたから、僕は彼の呼び方をお父さんに戻した。

 そんな生活もそれなりに経ったある日。

 僕等が恐れていたことが起きた。
 正確には、僕は知らなかったんだけど。

 なんで僕等ホワイトタイガーが引っ越しを繰り返すか。
 なんで僕等ホワイトタイガーが他の虎族に嫌われているのか。

 その日、集落に人間がやってきた。

「んーっ、んーっ」

 集落に攻め込んだ人間に、僕とお母さんは捕らえられた。

 口を塞がれたけど、そんなことしなくても彼等に僕等の声は届かない。

「………」
「………」

 人間達が何かを話す。

 皮をはぐ、とか。見世物に、とか。

 怖かった。

 君がキレたあの日より。
 ただ恐怖しかない時間が怖かった。

「…」

 手足も縛られ動けない僕とお母さんは寄り添い、他人に握られた運命を待つだけ。

 神様なんて居ないんだと笑って石を投げてきた誰かの声を思い出す。

 おしまいだ。
 お母さんくらいは、助けたかった。
 大切な虎を守れるくらい、強い虎に。

 僕が目を閉じる。

 刹那、外が騒がしくなった。

 一緒に捕らえられていた鮮やかな鳥達が喚く。

「虎が来た!虎が来た!」
「神様はいたんだ!」

 頑丈な檻が歪む音。
 小さな猿が地を駆け、無数の鳥が空を遮る。

 日の光を背負い僕の目の前に立っていたのは、金色の毛を赤く滲ませながらも力強い咆哮をあげるお父さんと、見た事もない心配気な瞳に僕を映す君だった。

 僕等を縛っていた紐を、牙や爪で容易く引きちぎる二人。

 そして、

「「助けに来た」」

 二人が同時に手を伸ばす。

 お父さんはお母さんに。
 君は僕に。
 迷いなく。

 だから僕も、僕等もその手を掴んだ。

「逃げるぞ」

 人間の炊いていた松明を倒して、火の海になった人間のアジトから僕等は走り出す。
 人間達はお父さんの咆哮でほとんど戦意喪失していた。

 川を渡り対岸ヘ。

 僕等の棲家へ。

 帰ってきた僕等を、虎達は驚きと面倒を混ぜこぜにした目で見てきた。

 帰って来られた驚き。
 厄介者が消えると思った失望。

 人間はホワイトタイガーを狩る。
 ホワイトタイガーのいる集落はその巻き添えをくう。

 だから僕達は嫌われる。
 だから僕達は人間に居場所を気取られない様、周りに迷惑をかけない様、特定の場所にいつかない。
 いつけない。

 ここには長く居すぎた。

 君から離れたくなかったせいだ。

「…引っ越しましょう」

 目を伏せたお母さんが、絞り出すように優しく僕に投げかける。
 人間より、周囲の嫌悪より、お母さんにも辛いものがある。
 声がそう滲ませていた。

「待ってください」

 お父さんがお母さんの肩に手をかける。

 引き止められても僕等親子の気持ちは変わらない。
 ここに居たら迷惑がかかる。

 皆に。
 貴方達に。

 だから僕等は無言のまま俯向いていた。

「俺等もついてくぜ。惚れた相手を手放せるか、どこまでも守ってやる」

 君が僕の手を取り言う。

 お父さんも力強く頷いた。

 二人の頼もしい笑顔は格好良くて。
 羨ましいと思う僕の瞳からは、一筋の涙が溢れ出て。

 気が付いたらさっきみたいに、僕等親子は各々の相手の手を握り返していた。




「元々群れの生活なんて向いてなかったんだ」

 馬車に揺られ、荷台に座る僕の隣で君は何度目とも知れない言葉を呟いた。

 あれから数年。

 君はもっと凛々しくなった。
 でも肩には、あの日人間に付けられた傷の跡が残っていて、腕の動きは少しぎこち無い。

 僕等を助けた勲章だ、なんて君は笑うけど。

 お母さんとお父さんは本物の夫婦になった。
 今では僕等の分まで子供を拵え、この行商の旅を賑やかなものにしている。

 といっても朝日を浴びながら揺れる荷台は立派な揺り籠となって、子供達を夢の世界に誘っているから、この明け方の時間は数少ない僕等水入らずの穏やかな時間になっているけど。

「…」
「なに?」

 朝日を背負い来た道を眺める僕を君が見る。

「いや、」

 それからそっぽを向き、口元に手をやる君。

 言葉に迷っている時にやる癖だ。
 最近の商品の交渉中によく見かける。

「人間がホワイトタイガーを狩りたいのもわかるなぁって」
「?」

 僕は君の言葉に首を傾げる。

 不快感はない。
 嫌味を言う虎じゃないとわかっているから。
 だからこそ、言葉の意味がわからない。

「飾りたくなるくらい、きれいだ」

 さら、と僕の髪に触れる君。

「透ける白も、しなやかな四肢も、凛とした瞳も」

 頬を撫でながら君は言葉を続けた。
 なんだかこそばゆい。

「でも渡さない。お前は、出会ったときからずっと俺にとっての宝だから」
「…」

 真っ直ぐな瞳に、僕の姿が映る。
 赤らんで見えるのは朝焼けのせいに違いない。

 出会った頃はつっけんどんな態度を取っていた君も、この旅の中で少しずつ僕と距離を縮め、自身の心境をさらけだしてくれるようになっていた。
 旅の初め頃に、君との中を心配したお父さんから「こいつの態度はただの照れ隠しだ」と聞かされたし、君自身からも、僕がお父さんを好きだと勘違いして避けていたことも暴露された。
 

「…僕も」

 まだなれない君の称賛の言葉に俯いたまま僕も言葉を返す。

「鮮やかな黄金の髪も、逞しい四肢も、鋭い牙一つだって。人間になんてくれてやる気はないよ」

 さっきの君の言葉をなぞりながら、僕は言葉を紡ぐ。

 最近ではホワイトタイガーのみならず、普通の虎すら人間のターゲットにされつつあった。

 幸か不幸か、そのため虎達は団結を深め、その輪にはホワイトタイガーも含まれるようになりつつあった。

 でも、人間達はバカだ。
 こんな素晴らしい存在に今更目をつけるなんて。

「僕は君のだ。そして君は僕のだ。どこまでも守ってやる」

 顔を上げ、君を瞳に捉え、僕は宣言する。

 渡さない。
 誰にも。

「…」

 一瞬、君はぽかんとした。
 あまり間抜けな姿を見せない君なだけに、その瞬間は貴重で愛おしい。

「ふは、すげぇ口説き文句」

 刹那笑みを浮かべた君は、守られるなんて嫌がるかと思ったけど、案外嬉しそうで。
 朝焼けに表情は赤らんでいた。

「…いいねぇ。守るもんが増えて手が足りねぇや」

 ちら、と荷台で寝息を立てる存在に視線を向ける。

「そうだね。だから虎達は群れで生きる道を選んだんじゃないかな」

 一人の方が気楽だ。とは僕も昔よく思っていた。
 でも、大切なモノが増えるたび、一人じゃ抱えきれないことも知らしめられる。

「君がいるから、僕は強くなれる」
「俺も、な」

 肩を抱かれ、腰に手を回す。
 尻尾を絡ませ、あと少しの二人だけの空間を堪能する。

 寄り添う僕等を清々しい空気が包んだ。

 今年も、その次も、その更に先も。
 君とならどこまでも行ける。


end 

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