真鯉と緋鯉の事情

「お前、ヘッタクソだな!」

 切っ掛けは些細な一言だった。
 幼稚園でこどもの日に向けて毎年行われるイベント、鯉のぼり作り。

 年少から年長まで全員参加のこのイベントに、引っ越してきた俺は年中で初参加だった。

 「作り」と言っても子供たちがやるのは、あらかじめ鯉のぼり型に切ってある布にペンで着色することだけなんだけど。

 だからこそそこに個性が集約されている。

 俺も当然鯉のぼりに色を塗っていた。
 目とか鱗とか、結構真面目に再現しようとしていた記憶がある。
 その矢先、隣で塗っていた奴から言われた一言。

 今思えばそいつの鯉のぼりだって同レベルだったんだと思えるんだけど。
 当時はその言葉を真に受けて、かなりショックだった。

 なんなら幼稚園で一番ヘタな気にまでなっていた。
 出来上がった鯉のぼりたちが近所のショッピングセンターで泳いでいるのを見ては、自分のヘタな鯉のぼりだけ異質に感じて嫌だったくらいだ。
 なんの因果か俺に「下手くそ」と言ったやつの鯉のぼりが隣を泳いでいたのも、記憶からやつの言葉が消えなかった原因だと思う。

 で、じゃあ悲しいままか。
 泣き寝入りか。

 そんなわけはない。

 俺の気質は「負けず嫌い」だったのだから。

「え?なにそれカエル?」
「ウサギだっつの!」

 次の工作の時間には俺からやつの作品をディスってやった。

「それがツル?太ってんな!」
「お前こそ羽の根元破けてんじゃんバカ力」

 その次の折り紙の時間には向こうから言ってきたからお返ししてやった。

「〜〜〜〜〜っ」
「〜〜〜〜〜っ」

 そうやって話したこともなかった俺等は、何かにつけて張り合うようになった。

 こうなると友達は変に飛び火をされたら堪らないとばかりに遠巻きに静観するし、先生は手を出すわけでもないからとにこやかに見守るたけだしで、俺等を止める者はいなかった。

 翌年飾られた鯉のぼりの中には、隣人のマウントを取るためだけにクオリティが他より頭ひとつ飛び抜けた二匹の鯉のぼりがいたとかなんとか。

 ま、俺の方が生き生きした瞳に繊細な鱗が素敵な鯉のぼりを作ったけどな!

 さて。
 幼稚園での攻防も、卒園してしまえば終了である。

 とは誰が決めたか。

 地元の小学校に上がった俺等は当然の如く同級生だった。

 となれば延長戦は不可避である。

 算数で、体育で、登校時間で、早食いで。
 すべてを競争の種にした俺らである。

 因みに図工みたいに主観がモノをいう教科はお互い勝ちの主張を曲げなかったが、身体測定やテストと言った数値として勝敗が出てしまうものについては、体を使うものはヤツが、頭を使うものは俺が一歩リードと言った所だ。

 体育ひとつに対して五教科ある勉強の方が総合的には勝っているな。

 そんなこんなしている内に小学校、更には中学も卒業してしまった。

 高校は地元を離れ都心部の寮完備のエリート校に入学した。
 理由は簡単。
 偏差値で奴に勝つためである。

 俺ってば、ちょっと本気を出して首席で余裕の合格を果たしてしまったぜ。

 しかし驚いたのは首席云々ではない。

「何故お前がここに…!」
「はっ!この俺から尻尾を巻いて逃げないようにしてやるためだよ」
「誰が逃げるだって!?」

 そう、ヤツもこの高校に入学していたのだ。
 ヤツの偏差値なら無理だと思ったのに!
 そんな油断できない相手だったってことだな、俺のライバルは。

 実はこれでヤツとの縁も切れてしまうのではと思っていたから、同じ制服を着て立ちはだかるヤツを見た瞬間、ちょっと嬉しかったのは秘密だ。
 驚きのあまり間抜け面を晒してしまっただけでも失態なので、これは口が裂けても言わないが。

 その後も当然俺等は何かにつけて張り合った。
 切磋琢磨する姿は周りへの良い刺激になったとかなんとか。

 そして俺は学力を買われ生徒会へ。
 ヤツは腕っぷしを買われ風紀へと入り、二年になる頃には揃って生徒会長と風紀委員長の席を約束されるまでになっていた。

 俺らの子供っぽい張り合いはお坊っちゃんの多いこの学園では浮いたものと言えなくもなかったが、逆に面白いと受け入れられ、ことあるごとに周りもやりたがった為に数多の行事が俺らの代で追加された。

 日本の伝統行事への関心、を建前に追加された鯉のぼり作りイベントもその一つである。
 高校生なので形から作っている。

 俺らの張り合いが主なので自由度も高く、リアルな物からカブトに変型するメカニックなものまで様々だ。

 その中で相変わらず俺等は布製の体に着色という、いたって古典的な方法を崩さなかった為に真鯉と緋鯉と呼ばれ中々に人気を博していた。

 俺の方が緋鯉と呼ばれているのでサイズとか縦に並べる時の位置が負けている気はするが。
 幼稚園で最初に塗ったのが一番好きな色である赤だったのだからしょうがない。

「俺の方がデカいな」
「ふん、こっちの鱗の見事なグラデーションを見てから威張るんだな」

 こうして俺らが言い争うほど、何故か仲良し、付き合っている説が浮上したのだった。
 いや何故恋人扱い。

「ほー、じゃあお前は負けを認めるんだな」
「誰が負けだって?そっちこそヒヨってんじゃねぇよ」

 何処からともなく聞こえてくる噂話に感化されて争う内容の中にヌキ合いだチューの我慢できる長さだよく分からないものが入って来るのに時間はかからなかった。

「じゃーお前は付き合えるっていうのかよ」
「上等だ。やってやろうじゃねぇか」

 喧嘩腰で恋人になり、どちらの方が相手を破顔させられるかとか、張り合い方もちょっと変わっていったりなんかして。

「あ?俺の片想い歴ナメんなよ。お前が転入して来た年中からずっとだぞ」
「だからヘタクソとか言って気を引こうとしたのかクソガキが。つうか大事なのは量より質だろうが。俺のお前への愛が長年手出しを我慢できた程度のお前に劣るとでも?」
「言ったなコラ。ベッドへ上がれや」
「上等だ。お前がヘタクソな粗チンでもイってやるよ」
「何年お前をオカズにしたと思ってんだ、シミュレーションは完璧なんだよ。つーかお前よりもでけぇよ!」

 そう言いつついそいそと二人してベッドへと向かう俺ら。

 生徒の間では俺らが付き合ってるなんて噂が流れている。
 噂の方が事実より先の発祥だが、現在ではそれは真実である。

 しかし恋人同士である俺らは、人目がないところでは言い合いをせずに終始甘い言葉を吐いてベタベタバカップルをやっているなんてのは、妄想力逞しいと言ってやる他ない。

 バカップルは認めよう。
 愛し愛される現状が俺らに勝るカップルなんぞそうは居まい。

 しかしだからこそヘラヘラしたカップルにはなり得ないのだ。
 こいつと上っ面を取り繕ったような笑顔で語り合うなんぞごめんだ。
 俺らの関係は思ったことを即口にするくらいがベストなのだ。

 俺等はこの世界の誰よりも幸せなカップルだ。
 あとは俺がこの世界で一番幸せだと証明するのみ。

「お前にだけは負けねぇ」
「こっちの言葉だボケ」


end

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