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「君は、知っているか」

新たな島に着いたその時、もしそれ≠行ったのが前回から半年以上経っていたりなんかしたら、この潜水艦で必ず行われることがひとつある。それはクルーの健康診断。船医も兼ねている我らがキャプテン・ロー先生は、そのタイミングでありがたいことにクルー全員を診察してくれるのだ。
その際思いやりのある言葉をかけてくれたり、何らかの病気が見つかった場合に労わってくれるとかは全然なくてむしろ悪態をつかれちゃうんだけれど、腕は確かだからどんな小さな病気の芽も彼はきちんと確実に見つけて、その際には船に元々ある医療道具やら島で手に入れた薬なんかでちょちょいのちょいで直してしまう。だから私たちクルーはいつも健康。いつかなるかもしれない・・・という病に対しての憂慮なんて全くないよ・・・っていう、それに関しては幸せな環境で私たちは過ごしている。


私はそんなポーラータング号を山のてっぺんからじぃ・・・と眺めた。
視力がいいから、甲板はよく見える。
診断を終えたらしいクルーがツナギの上半身を整えながら船室のドアを開けて歩いてくるその姿。私は山頂にあった大木を背もたれにして座りながら、それを確認すると目線を空の方へとやった。青い空に白い雲。柔らかいそよ風で木の葉が揺れて、花の匂いがうっすら香る。のどかそうな春島気候のこの場所。眼下に見渡せる町並みからは、楽しそうな住民の笑い声が微かに聞こえてくる気もする。



島に着いたよ!・・・というベポの声と共に、私はあの潜水艦から逃げ出した。
皆の目を盗んで下船したから誰にもどこへ行くのかとは聞かれていない。
だから私が今こんな場所で潜水艦を見下ろしているなんて誰も知らない。
もうそろそろ私がいなくなっている事自体には気付いてるかもしれないが、じゃあどこへ行ったかなんて誰もわかりやしないのだ。


今まで何回も定期的なこの健康診断を『体重が増えてそうだから』・・・という理由でエスケープしたことはあるから、ローはいなくなった私の事を報告されてもきっと気にかけなどしないだろう。ああ、またか・・・なんて小さく眉を顰めながら私のカルテを棚にしまって、それで終わりにするはずだ。・・・だから都合がよかった。まさか今までのその逃避行動のお陰で今回の分を目立たなくさせるものになるとは考えてもみなかったけどね。私はクス・・・と思わず笑った。


暖かくて穏やかなこの場所。何もせずにじ・・・と座っていると気付けば瞼が重くなった。
このままそれに身を任せ、ここに寝転んで、そしていっそのこと寝てしまおうか。
風邪を引くこともないだろうし、周りにこちらの身を危ぶませるような気配もない。だから私は一人でも問題なくここで眠れる。だいじょうぶだ。私はそっと木から離れて草むらへ背を預けた。そして目を閉じた。ここはとても平和だ、と感じた。そして私は海賊じゃなくなったみたいにも感じる。



「・・・起きろ、ナナシ」



けれど、暫しのまどろみの後小さくも強い力のある声が私へとかけられた。「!」。驚いて目を見開く。視線を向けた先には、面食らっておかしな表情となっているだろう私の顔を呆れ顔で見下ろすローがいた。意外だった。探されるなんて・・・思ってなかった。ローはそんな私にため息を吐きつつ、寝転んだままの私の隣にゆっくりと座った。


「どうして消えた」
「・・・乙女にそんな質問しないでくれる?・・・・・・いつもの理由だよ」
「嘘をつくな」


私の言い訳に、けれどローはすぐさまそう言い返した。私はふふ・・・と笑った。さすが我らがキャプテン。名医で、尚且つ決して口に出さないし見てわかるような行動もしないけれど・・・クルー思いで、きちんと彼らの事を見ていて、些細な事も把握しているロー。…だからどんなに誤魔化そうとしても彼にはわかってしまうらしい。私は寝転んだ時からずっと添えていたお腹の手をそっと握り締めた。ローは再び口を開いた。


「どのくらいきてねぇんだ?」
「・・・・・・もうすぐ一か月」
「そうか」
「・・・うん」
「・・・」
「ねぇ、ロー」


私は寝転んだまま微笑んでみせた。「この島は、当たりだね」。そう言って、その顔のまま彼を見つめた。「当たり?」。するとローは私の言葉をそのまま聞き返してきた。意味がわからないと言わんばかりに眉を顰めて。だから笑ってしまった。


「のどかで、素敵そうな島だから・・・当たりなの」
「・・・」
「きっと楽しく・・・過ごせると思う」
「・・・」
「春島気候だから、暑いのも寒いのも苦手な私にはありがたいし」
「・・・」
「それに見た?ここからの景色とってもきれいでしょ?だから・・・淋しくもならないと・・・・・・思う」
「・・・」

そう言っていると、意に反して瞳が潤んで視界がぼやけていくのがわかった。泣いてはだめ。・・・未練があるなんて姿、ローに見せたくない。決めたじゃないか。そうかもしれない・・・とわかってすぐに。私は次の島に着いたらあの船を降りるって。・・・この先足手まといにしかならないであろう私が、ローや他の皆に迷惑をかけないために。


「大丈夫。私は・・・大丈夫。ここで暮らしてね・・・。それで、毎晩思い出すの。ローがくれたいろんな幸せ。声に出してね・・・、柄にもなくお腹に語りかけるよ。それでね。今後出回る手配書は全部取っておいてね。それでいつかローの事を教えてあげるの。・・・でもね。・・・もしも余裕があったら・・・。本当に余裕があったらで・・・・いいんだ。・・その時は・・・・・・一度くらい・・・会いに来てほしい、かな。・・・・。無理ならいいんだ。・・・・この先・・・何があるか・・・わからないし、ね・・・」

また涙の量が増えて、溢れだしそうなそれに思わず口をつぐんだ。目を閉じたらきっと零れ落ちる。だから私はまっすぐに上を向いて、目をいっぱいに開いて眼球が痺れるその感覚が収まるのを待った。
ローはずっと無言だ。
彼の目は私ではなく海の方へと向けられていて、潤んだ視界の所為でどんな表情をしているのかはわからない。
私は深呼吸をする。
よかったじゃないか。
・・・そう思おう。
最後に私はローと二人で、こんな風にして並んで座って普通の恋人同士みたいに過ごしている。そういえば、こんな機会ほとんどなかった。海賊の私たちが山の頂上にいるなんて不思議だね。まるで平穏に生きているただの島民みたい。また笑ってしまいそうになった。ローが島民だなんて・・・考えただけでおかしすぎる。



「人が産まれる時・・・。一番最初に感じた五感を身体が記憶するんだって・・・どこかに書いてあった」


そして私はそう言った。・・・それはいつどこで得たのか、もう思い出すこともできない話し。
当時はへぇ・・・と。全く必要のないそのどうでもいい知識を私は頭の片隅に追いやって、ついこの間まですっかり忘れていたはずだった。けれどどういうわけかそれを思い出したのだ。
何もできない、何も考える事すらできないであろう弱々しい生き物であるはずなのに、それはその瞬間を覚えるらしい。
何の根拠も、証明もできていない話だとそう思う。
けれどもしそれが本当であるならば・・・と、私はその時考えてしまっていた。それならば・・・、と。ならば私がしてあげたい事は・・・。

「・・・それなら、この静かな青い空を見せたいと思ったの」
「・・・」
「・・・血の匂いのしない、潮風と花の香りを嗅がせたいし」
「・・・」
「・・・笑う声と、穏やかな波の音を聞かせて」
「・・・」
「・・・何かに怖がったり、怯えることのない手で触れてあげて・・・。・・・それで・・・、・・・フフッ」

今は全く想像がつかなくて可笑しくなっちゃうけれど。
私がきちんと女であるならば。
その時この乳房は母乳と言われるものを出そうとするらしい。

「・・・それをゆっくり飲ませてあげたいんだ」

言い終えて、そっとお腹を撫でた。
まだまるで変化のないその場所。
それなのに確かにそこには命がある。
その事実はこの先必ず私を強くさせる。
ここで暮らすこともいずれ平気にさせる。
そして一人ででもこの子を産んで・・・、育てることも・・・、絶対にやり遂げられるようにさせてくれるんだ。


「・・・それがお前の要望か?」


すると、沈黙を続けていたローが静かにそう言った。海を見つめたまま、小さくも強い口調で。
全部をきちんと言い終えた私の目からは涙はすでに引いていた。だから彼の顔はよく見えた。
ローは笑っていた。口の端を緩く持ち上げて、フ…と。「わかった」。そしてそのまま言った。「・・・だとしたら、確かにこの島は当たりだな。お前は運がいい」。私はその言葉に目を閉じた。それは決別のような言葉。大丈夫。悲しくはない。それが最良の選択だとわかっている。けれどもローは続けて言った。


「さて・・・。ならクルーに伝えねぇとな。出港準備はしなくていいと。・・・ああ、ベポだけは嫌がるかもしれねぇ。春島でも暑いとこぼしていたから。・・・ククッ」
「え?」
「・・・別に潜水艦でも与えてやれそうな環境だが・・・。確かにいつ来るかもわからねえ海軍やら敵船に怯えるのは避けられねぇし、血も流れる。嵐だってくるしな。・・・なら、ここで産むのが一番だろう」
「・・・ろ、ロー?」
「海賊がこの先半年以上居座ろうってんだ。この島に何等かのメリットを与える必要がある・・・。まあ、一番簡単なのは海から来る厄介事を排除してやることくれぇだが・・・どう思う?」
「どう思うって・・・。あのね・・・私は・・・」
「俺の意見を言おうか」


ローの言っている言葉の意味がわからなくて。だから私は慌てて身を起こした。するとローはそれを制するようにする。ここで初めて彼は私のほうを見た。その顔はとても穏やかな顔をしていた。・・・そんな顔・・・、今まで見た事がない。


「母になろうとするお前の要望は今聞いた。…なら、腹の中の子の父である俺の意見を言う。俺はそんなお前の考えを尊重し、この場に共にいる事にする。お前の望む環境で、その日がくるまで気分よく過ごしてもらいてぇからな。そしてその日を一緒に迎える。当然だろ」
「・・・だめ・・・」

ローの言葉に、せっかく止まっていたはずの涙がまたあふれ出そうになった。
やめてそんなこと言わないで。
私はずっとローの側にいて、あなたがこれから何をしたいのか、何を求めているのかをよく知っているんだよ?新世界にだって行かなくちゃ。そこであなたの恩人の本懐を遂げるんでしょ?そのためにいろいろとしようとしている事があったじゃない。ここに留まってる暇なんてないじゃない。私はそんなあなたの足を引っ張りたくないのに。だから一人で生きていくことを決めたのに。
そうまくしたてるように言った私に、けれどローは言った。


「もちろんその事は忘れてねぇ。・・・ただ、それよりも大切なことができて優先順位が変わっただけだ」


そしてその手を私のお腹へとそっと当てた。ローは泣き出しそうな、それでいて嬉しそうな奇妙な顔をしていた。
「それに、俺だって側に居て立ち合いてぇ・・・。俺たちの・・・・・・ガキなんだ」
「・・・」
私はその言葉に顔を歪めた。
「・・・それとも・・・。俺がいないほうがいいってヤツか?妊婦の考えはよくわからねぇからな・・・」
「まさか・・・」
私は首を振った。

嗚呼、あなたはまた新しい表情を見せてきたね。私はずっとあなたの側にいて、何もかも知り尽くしていると思っていた。…でも、そんな私でさえ、まだまだ知らないあなたの抱く感情や、表情があったんだ。


「産まれて暫くして落ち着いたら・・・、悪ィがまた船上生活だ。・・・それは許してくれるか?」
「・・・船にいていいの?」
「当たり前だろ」


その言葉に嬉しさでこみ上げた涙。それを拭ってくれるローの手は限りなく暖かい。また、見た事もない柔らかい笑顔を浮かべて、子を宿してくれてありがとう・・・なんて、聞いたこともない感謝の言葉なんか言ってくる。


未来に生まれるこの子の身体に刻まれるであろうその時の彼の顔。その時の彼の言葉。


それは・・・どんなに頑張っても今は想像もできないよ。


















君は、知っているか





あの島へは近づくなという話を・・・





今あの島には恐ろしい死神がいるらしい

そこへと訪れる海賊や海軍を

その死神は手にした長い刀で容赦なく切りつけて、彼らの心臓を抜き取ってしまうらしいんだ

命からがら逃げてきた人間がそう言っていた

死神には情けのかけらもないらしくて

冷たく笑いながら襲ってくるんだと

だから今はその島への航海は止めておくべきだね

その命が惜しいのなら・・・

そうだね。あと半年はここにいたほうがいいだろうよ




けれど、これも知っているか?

その死神は穏やかな顔をする時もあるらしいんだ

生き延びた人間がこうも言っていた

死神が何かを見つめる時のその瞳は

まるで大切な物を愛おしむように

何とも言えない温かい目をしているんだそうだよ

その時ばかりはその死神もね・・・





きちんと血の通った、何かを愛しているただの人間に見えるんだそうだよ








のえ様へ、あとがき♪

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