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君に光を
ああ、幸福だ…と感じる瞬間やその内容は人によって様々であるだろう。
そして、私にとってのそれ≠ヘまさに今だ。

ドレスローザの王宮の一室。
しん…と静まり返った薄暗い私の部屋。
小さな室内灯だけがぼんやりと辺りを照らしているその場所で、ふ…と唐突に目が覚めてしまった私には天井の模様だけが今うっすらとこの瞳に映っている。

目が覚めた理由は怖い夢を見たからなどではなく、のどが渇いたからでもない。
ただ、きっと、この身体がこの雰囲気にたまらなくなって自身を揺り起こしたのであろうと、そう思った。

私はそして極力ベッドを揺らさないように首を捻って隣を見やる。
そこには七武海としての仕事で長くドレスローザを離れていた若様がいて、今彼は規則正しい呼吸と共に胸を上下させながら目を閉じて眠っている。
まるで安息で満ち足りているとしか言えないこの空間。
それはこんな幸福な時を、目を閉じ、意識を落として過ごすだなんてとても惜しいことであると私に思わせた。だから、きっと、私は自分を目覚めさせたのだろう。

私は疲れが多少垣間見えるも落ち着いた顔をして眠る若様の表情に微笑んで、その寝息にひっそりと耳を澄ませた。
そうしていれば彼のいない間に蓄積された寂しさや悲しさがたちまちに私の中からきれいに消えていくのだから本当に不思議だった。
つい昨日までは鳴らない電伝虫や届かない便りにため息を吐き続け、新聞にさえその姿が少しも出てこないことに憤りすら感じていたというのに。

「…」

私は眠る若様へと手をそっと伸ばしかけて…、そしてやめる。
せっかくだからもう少しこのまま彼の無防備な寝顔を見ていようか。
そう思って、極力呼吸を小さく抑え、動きも止めて彼を見つめた。


「…」


けれど、残念ながらその時間はすぐに終わりを告げられてしまった。
視線の先にある若様の口元がかすかに動いたのと同時にニィ…とあがる口角。そして布団の中の手が私へと伸ばされて、中途半端に彼へと差し出していた掌があっという間にぎゅ…と熱く火照った彼の手で握りしめられたのだ。
ああ、本当にほんの僅かな鑑賞時間だった。少し短すぎて物足りないくらいに。

「あーあ。起きちゃった…」
「そりゃあ、そんなにじっと見つめられたらなァ…」

ハァ。
若様の手を握り返しながら小声でそう言うと、首を捻って私のほうへと顔を向けた若様が意地悪く笑いながらそう言ったので私はあからさまにため息を吐いてみせた。

「私の楽しみを奪わないで欲しいのに」
「楽しみ?」
「若様の寝顔をもっと見ていたかったの」
「フッフッフ。そうか」
「若様は本当に敏感だね」
「…悲しい性だな。身の回りに敵が多いと、どんな気配にも過剰に反応しちまう」

それでも…

私はその言葉にふふ…と笑って、握られていないほうの手を伸ばし若様の頬に触れた。

「…前ほどはすぐに起きなくなった」
「お前といる時間が増えたからな」
「嬉しい」
「…かわいい事を言うねぇ」

くつり…。するとそう言って若様が小さく噴き出したので私は指先で彼の顔の輪郭をなぞるようにしながらもう一度告げた。


「本当に、嬉しいの」


…と。



昔はちょっとした私の動きにすぐに目を覚ましてしまう人だった。
それ以前に、私と一緒に眠ることすら若様は躊躇ってしまう人…だった。
それでも私は彼から離れず、殺してしまうかもしれないと言った彼に大丈夫だと笑って側に居続け、そうして長い時間を並んで共に過ごしていく中で彼は私といる空気、変化していく温度、混ざりあう香り、色々なタイミングで受け取る視線、重なる息遣い、触れられる感触、聞こえる音。その全てに少しずつ慣れていって、馴染んでいって、そして全部をいつしか心地よいものとして受け入れてくれるようになったのだ。
私はその日々を思い出しながら今度は彼の頭に手を差し入れて柔らかな髪を梳いてみる。
すると若様がその手首にそっとキスする。
くすぐったくて思わず笑うと、今度はその手をつかまれて引き寄せられた。
そしてあっという間に密着する二人の身体。
触れた先から伝わる若様の温かな体温に、思わず私の顔がまた綻んでいた。


「今日はちょっと寒いから、気持ちいいね」
「王様を毛布替わりか?」
「贅沢だよね」
「本当だな」
「幸せすぎる」
「そうなのか?」
「…とても幸せなの」
「なぁ…リム…」


すると若様が更に私を引き寄せながら耳に唇を寄せて囁いた。
とても優しく。甘やかに。しっかりと、はっきりと。



「愛してる」



その擽るように甘い言葉が嬉しくて、私もすぐにそれに答えた。
彼の目をじっとまっすぐに見て。私も優しい声で。心の底からの思いをこめて。
残念なのは私の彼へのこの思いはたった五つの音だけではとても表現しきれていないということだ。
だからもしもその言葉以上にこの気持ちを伝えるフレーズがこの世に存在するのであれば。私はすぐにでもそれを探し当てて使いたかった。
それでも…



「私も、愛してる」



…と。そう愛しい彼を目の前にしながらありきたりでしかないその言葉を届ければ、その音は私が先ほど感じたのと同じくらいまるで完璧な響きとして彼の耳へと届いていったらしい。
若様はそれを聞くと嬉し気に笑って目を閉じ、抱き寄せる手により一層力を入れれば「知ってる」…と。
そう私へと呟いてくれたので快い。



そうしてしばらく二人で静かに笑いあっていると、厚いカーテンの隙間から薄く明るい光が差し込み始めるのが見えた。それと同時に聞こえる鳥のさえずり。
どうやら明け方近くに私は目覚めていたらしい。
なんだ、もうちょっとこうやって触れ合って、そしてそのぬくもりの中でまどろむのも至福であると思っていたのにな。


「もう朝だね」


夜の終わりが少し名残惜しいと感じながらも若様にそう告げると、彼は頷いて布団から手を差し出せばひらり…、指先を動かそうとしたので「あ!」私は咄嗟にその手を止めた。
「待って」
そう言いながら身体を起こしつつ笑って若様を見下ろすと、彼は突然の私の行動にいぶかし気に、けれど楽しそうにしながら首をかしげた。


「私の好きな瞬間なの!」


それは私がこの場所で得られるもう一つの幸福!
私はそう言って彼から離れると、布団をはねのけてベッドからふわりと降りれば裸足で東側の窓まで走って近づいた。
若様が能力で開けようとしていたカーテンを、自分の手で握ってそして思い切りパッと開く。
するとまぶしい朝日が部屋をいっぱいに照らし、後ろへ振り返ってみればサングラスを外している若様がその光に目を細める姿が見えた。

そのまるで子供っぽく顰めた若様の顔を見るのが好き。

暗闇に染まっていた部屋が浄化されるように朝の光で包まれて、その中で若様は窓から視線を軽く外しつつ小さく苦笑いを浮かべている。
そして細めた彼の瞳がゆっくり時間をかけてこの光に慣れた時、寝ころんだ状態のまま彼は私を再び笑いながらじっと見つめ、その姿を私は窓辺から見下ろす形で見つめ返す。
この瞬間がとても好きなのだ。
暗闇ばかりを好んでいた若様の心に、明るくて美しくて新しい光を当てられた。それはとてもとても私を素晴らしい気分にさせてくれるから。
そして少しだけ、ほんの少しだけ…、いつも子供扱いされる私が、若様のすべてを包み込んであげられた女性に。そんな人間になったような気にさせてくれるから。


「すごくいい天気になりそうだよ!若様」
「そうだな。お出かけ日和、というやつだ」
「え!!もしかしてどこか連れて行ってくれるの??」


けれどその状態は長くは保てないのが現実。
若様がふいに言ったその言葉にあっという間に心を踊らされている私は、いつものように彼に『やっぱりお前は子供だなァ』とからかわれても仕方がない。


「ああ。…だが」

すると、若様がそう言いながらゆっくりとベッドから起き上がると、手を上げてひらり、今度こそその指先をしっかりと動かした。
そうすればベッドから飛んできたローブが私の身体へふわりとかけられ、その後若様が目を細めつつ笑いながら言った言葉には私は少しだけ迷ってしまった。


…今日ほどの天気ならばやはり優先すべきは外出のほうだろうか。
それに忙しい若様相手だとその機会が次にいつ訪れるかなんて本当にわからない。
だから私は慌ててローブの紐をしっかりと前で結んで素肌を隠し、肩をすくめつつ若様に舌を出してみせながら彼の側へと歩み寄った。



「とりあえず何か羽織ってくれ。…じゃねぇとこの部屋から離れられそうにねぇからなァ」




おしまい






ミナミさんへあとがき


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