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緩やかな絞殺
私の目の前に座る男は、大きな椅子にゆったりと腰かけて足を組み、こちらを至極面白そうに眺めていた。
ふかふかした椅子の背に身体を預けきって、それはそれはリラックスした態度で。
けれどサングラスの奥にある男の双眸は私をまっすぐ射抜くように見つめ続けており、落ち着いた姿勢の中にもこちらを決して油断させない見えない圧力を常に潜ませているのがわかった。

対する私は男から数メートルも離れていない場所に置かれた椅子に座っていて、そんな男をただ見つめ返し続けている。
本当はずっと笑ったままであるこんな男の顔なんて少しも見ていたくなんかない。できることなら顔を背け、奴を罵る言葉の一つでも言ってやりたかった。
けれど私はそのどちらもすることができなかった。
そもそも、そんな行動なんて私には許されていないのだ。
今の私は目の前に座る男の忌々しい悪魔の実の能力によって見えない糸で全身が縛られている状態で。
その糸は私の身体を容赦なく椅子へ縫い付け、喉を柔らかく締め上げて声を奪い、それは正常な呼吸を満足にさせないから私は先ほどからずっと浅く短い息継ぎを繰り返している。
そしてそんな私の背後にはひとり女性がいて、彼女は先ほどからぴくりとも動けない私の頭髪をひと房ごとに手に取っては何やら香油のようなものをつけ丹念にブラシを当てていた。
彼女は黙ったまま長い時間をかけすべての髪の毛の手入れをし、それが終われば慣れた手つきで髪を結い上げてピンで止め、そこへしゃらんと音の鳴る髪飾りもつけると「できました」、抑揚のない声で男にそう告げていた。


「フッフッフ。中々似合っているな」


すると男はくつくつ笑いながらそう言い、私の背後から自分の元へとやってきたメイド服のような衣装をきた女性に視線を向けると、「ありがとう。もう行っていいぞ」…と、ひと言労いの言葉を告げ再び私のほうを向いた。


「その服によく合う髪型だ」
そして私を見つめながら更にそう言い、ゆらり、手を自身の目の前にかざして指先をひらりと動かした。
…ギギギ
すると見えない糸が私の座る椅子をあっという間に動かして男の顔が私の間近にまで迫った。


目前にいる男…、
ドフラミンゴは…、
至近距離にある私の顔や服を今一度じっくり眺めると、ニィ…と大きく笑い、

「さあ、仕上げだな」

そう言って手を伸ばし、私の掌を椅子の肘置きからゆっくりとすくい上げた。









それはあっという間の出来事で、その場にいた誰一人としてそれを止める事なんてできなかった。




私はその時仲間と一緒にゾウにいて、ローの帰りをそこで待っている所だった。
けれど気がづけば突然に目の前が暗くなり、私は仲間のいる場所から離されて、そして、暗転から明けた世界の先で私を嗤いながら見下ろしていたのが奴=cだった。
奴と目が合ったその瞬間、全身に稲妻のように悪寒が走り抜けて血の気が引き、自身の体温が極限にまで下がるのがよく分かった。
奴のことは嫌と言うほど知っている…。
ローが常に憎々しげに語っていた人だから…。
だから、決して人違いも見間違いも有りえない。
この男は紛れもなくローの長年の敵≠ナあり、その男に………私は今まさに捉えられてしまったのだ。


「初めまして。ローの大切なリムちゃん」


ドフラミンゴは私を見るなりまるで嬉しそうな笑顔を浮かべて陽気にそう言い放った。
冷や汗の出続ける身体にその明るい言葉はまるで場違いで、それは自身の頭をするり…、何の意味も与えないまま通り過ぎていった。
自分の意識の一部分だけが妙にはっきりと迅速にこの事態についての情報処理を行っていて、それはすぐさまここから逃げるよう私へシグナルを送り続けているのがわかる。
けれど、それを受け取りその通りに身体を動かそうとするもそれはできず私は目の前のドフラミンゴを歪んだ顔で凝視することしかできなかった。
私を捉えると同時に張り巡らせたのであろう奴の糸は私の行動の自由全部を奪い取り、だから私は本当に言葉通り何も≠キることができない。
熱いのか寒いのかすら感じ取れなくなるほど強張った身体に刹那、ひゅう…と潮風が吹き荒れれば、下ろしていた髪だけがそれによりさも自由に大きくなびいた。
その乱れた髪が視界を遮ると、ひとたび世界の全部が見えなくなってしまった。
それがさらりと肩に落ちて再び視界がクリアになろうとした時。けれど世界は真っ暗なままで。だから私は自身の意識がそこで途絶えようとしていることがわかった。
ああ…殺されるのだ。
私はその瞬間ただそう悟った。

落ちていく意識の中、この身に与えられるであろうその哀しい結末に、叫ぶことも泣くこともできないまま意に反して目を閉ざすことしか…できなかった。




だが、次の瞬間に私は目覚めた。
跳ね上がる心臓と共にハッと目を開けた先には、夢であればと期待したけれど相変わらず嗤うドフラミンゴがいた。
目覚めた私を見ると奴は口角を上げたまま「おはよう」と陽気に言う。
そんな奴の側には数人の人間がいて、彼らは静かに、けれど決して穏やかではない表情をしてこちらをしっかりと品定めする様に見つめていた。
奴の真横にいる小さな少女が「オモチャにするの?」…と、意味の分からない言葉を言い放つのが聞こえる。
相変わらず身体を少しも動かせない私は、自身に痛いほど集中している奴らの視線から逃れることができないままその少女に「いいや…」と首を振ったドフラミンゴがその次に言った言葉にただごくり…と唾を飲み込んで小さく身震いした。


「オモチャにはしねぇ。…だが、人形にしよう」


そして、後は奴の意のままに動かされた。
この場にいた人間たちはメイド服の女性以外はその後立ち去り、私は奴が操るまま部屋の隅へと歩かされそこにあった衝立の向こう側へと行かされた。
奴はそこでツナギを脱ぐように言い、メイド服の女性からはきらびやかなワンピースを渡された。
敵地にいる中で服を脱がされるというその仕打ちに顔から火が出そうなほどの羞恥と腹の底からせり上がるような吐き気を感じたが、なす術もなく私は自分の手でツナギを脱ぎ、新しい服を着た。そしてそれを着終えれば椅子に座らされメイド服の女性が持ってきた道具で化粧が施された。
奴のしようとする事の意味が全部わからなくて、身体の震えは少しずつ激しさを増していく。
メイド服の女性はため息を吐きながらも、決して乱暴な手つきではなく丁寧に顔を作り、その後ゆっくりと髪を整えて結い上げるものだから疑問と恐怖心は大きくなるばかりでしかない。


そして今、ドフラミンゴは自分へと寄せた椅子に座る私の手をとれば、鮮やかな血のように赤い色をしたエナメルを静かに爪へとのせている。
私の知る奴の残忍な性格なんてまるで嘘であるかのように奴は至極丁寧な手つきで爪を塗っていて、エナメルが少しはみ出ただけですぐさまその部分を除光液で拭き取ると先ほどよりもさらに丁寧にそこを塗り直していた。
「俺は案外器用でね」
聞いてもいないのにそう言いながら大きな手で小さな刷毛をつまみゆっくりと二度塗りまでして艶出しをする。
軽く私の手を握る奴の掌から伝わるぬるい体温にまた吐き気がこみ上げて、それは体内で奴への憎悪の感情を増幅させていった。
けれどそれと同時に、奴への抑え切れない恐怖に怯える感情もまたしっかりと増幅していって、それはどんなに強がろうとしても決して私には止められやしなかった。

増え続ける憎悪と恐怖と不安は私の気を狂わせそうなくらい身体の隅々に行き渡り、不可抗力でしかなかったと言えどあっけなくローの敵に捉われた自分の情けなさと彼へのすまない気持ちは私の感情をどんどん負の方向へと追い込んでいく。
ドフラミンゴはそんな私の状態の変化が楽しいのであろう。
くつくつと笑い続ける奴は最後の一本となった爪もきれいにその血の赤を塗り終えると、満足そうに指先を眺めながら集中していたためにずっと詰めていた自身の息をそっと吐きだした。


「ローは…」


そんな中、ドフラミンゴはニィ…と口角を上げつつ愛しい彼の名前を告げる。


「ここにいるお前を見たら…どんな顔をするだろうなァ」


くつくつくつ。
可笑しくてたまらないと言わんばかりの声で、私の爪にフ…と息を吹きかけ、両手を膝の上に揃えて置きながらそう言った。


「それを想像するとな…。本当に楽しくてたまらねぇんだ」


クックック。
笑い声はどんどんと大きくなっていく。
サングラス越しに隠れた奴の目は、きっと三日月のように弧を描いているだろう。


「なぁ、リムちゃん」


私は自ら命を絶たなければならない。


「ローが俺にしたことを、リムちゃんは知っているかい?」


本当は、そう思っていた。
ローの足手まといになるくらいなら、この身が自由になった瞬間にでも隙をついて自害し、彼の負担になることなどないようにしなければとそう思っていた。


「愚問だったな。もちろん知っているだろうよ」


けれど今の私からは最初に抱いていたその覚悟なんてとっくに消え去り、奴が私に異常としか言えない振る舞いを行い続け命がなくなるその瞬間を先延ばしにすればするほど、生に対する未練や執着ばかりがこの身に生まれ、いずれ彼に殺される未来の到来がただひたすらに怖くなっている。

だらりだらりと緩慢に流れていくこの残酷な時間が私を否応なしにそうさせる。
どこか感覚の麻痺したこの意識が…、こんな救いようのない状況であっても…、どうしてだか片隅で微かな希望を抱くから。
ローがこの場へ現れてくれたならば、もしかして…と。
どうしてもそう思ってしまうから…、私は生きていたいと願うことを止められない。
…だから怖い。
…だから、死ぬ瞬間が確実にこの身に訪れるということが…今の私にはこんなにも怖い。


「…本当に奴が憎くてなァ」


そして私は今、新しく芽生えたそれ以上の恐怖心にどうしようもなく押しつぶされそうになっている。
これから迎える先の未来。
そこでこれまでよりもっともっと酷い絶望が待ち受けているんだということが、奴の言葉を聞いた私には否が応でも…わかってしまった…。


「どうにかしてやりてぇんだよ」


それはいずれここへとやって来るであろうローが、私の命が消えるその瞬間を、奴によって決してまともになど見させてくれないのだ…という事。


ローはきっと今まさに私がされているように、この場所へたどり着いたならばすぐさま奴に捉えられ糸により身動きを制限されるのだろう。
そして私に手が届くようで届かないその一歩手前まで緻密にその糸を調節されて、私を救うなんて決してできやしないんだということがロー自身に深く深く刻まれ、彼が絶望の最果てへと堕ち心が完全に壊れてしまうまで、きっとこの男はローを追い詰めるに…違いないのだ。


「俺のこの気持ちが…わかるかい?リムちゃん」


私が泣く姿を…、ローが叫ぶ姿を…、私たちが苦しみ喘いでいるそんな姿を…、奴はきっと今のように椅子にゆったりと腰かけて足を組み、その光景をサングラス越しに優雅に眺める。
そして、奴にとって両者に死を与える最高の瞬間となるその時まで、その口角を盛大に上げて私たちを嗤い続けるに…違いないのだ。



「大切なものを奪ったなら…、奪われる覚悟もローは持っているはずだ」



奴はそう言い放った瞬間だけ、氷のように冷たい声音となった。
…さあ、これでできあがりだ。お姫様。
けれど私にそう告げる奴の声は、今までと同じく楽しそうに柔らかな音をしてこの大広間に響き渡っていった。



「ローもきっと気に入るだろうよ。本当に美しくできあがったからなァ」



フッフッフ
嗤うドフラミンゴは手を伸ばしてきれいに結い上げた私の髪を撫で、そのまま指先で頬を撫で、次いでその手は肩から腕にかけて流れ降り、最後はこの手をとってそれを自身の顔の傍まで持ち上げるとまるで紳士のようにそこへ優しく口付けを落とす。
その屈辱的な仕打ちに私は歯を食いしばった。
でも私はその手を払うことなんてできない。
顔を背ける事も出来ない。
やめて、の一言すら言い放つこともできない。

「なぁ、リムチャン」
そして奴は嗤った顔のままで言った。




「美しいものは、壊れてしまうその瞬間ですら美しいと知っているか?」




小さく囁くようにそう言ったドフラミンゴの言葉を聞いた私は、最後の抵抗をするかのように瞼をぎゅっと閉じてこの視界から奴の笑顔を追い出した。

けれど軽やかで明るいその声は耳から内部へとじっとりとした感触で入り込み、それはこれから私が待ち受ける現実を今一度この身に突きつけた。


私は奴からは絶対に逃げられない。
もう私には一縷の望みも残されていない。
私は奴にとって何の力も持たないただの人形。
この服も赤い爪も、奴によって与えられた死装束と死化粧。
私には、奴の描いた復讐のシナリオが終わるまでのその短い時間があとほんの少し残されているだけ。
ただ…、それだけ。



…ロー



話せない、そして泣けない私は、心の中で涙を流し愛しいその人の名を叫んだ。


…ロー
…ロー
…ごめんなさい
これからあなたを苦しめてしまう私の事を、どうか許して…
愛してる…
…本当に、愛してる…
愛しているのに…
……ごめんなさい……
……本当に、ごめんなさい…


私が終わりを迎える最後のその瞬間。せめて愛していることだけでもローに伝えたいとそう思う。
けれどその儚いやりとりはきっとこの男を更に悦ばせるだけだろう。
だから私は先ほどよりも強く歯を食いしばって、その哀しみに必死に耐えた。
…耐える事しか、できなかった。



「ああ、何かが足りないと思ったら」



するとドフラミンゴの手がそっと私の喉へと伸ばされる。
その手はこの首全てを包み込むことができるほどに大きくて、少し力を加えただけで容易に骨をへし折ることができるに違いない。
でも奴はそんな簡単すぎる死なんて今の私に与えない。



「ネックレスを忘れたなァ…」



柔らかく首へと押し付られた死神の長い指先。


それはこちらを労わるほどに優しく、なめらかに…


私の震えるその皮膚を、今は緩やかに滑り降りていくだけでしかなかった。












レモンさんへあとがき


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