みぃつけた!
2
 土御門は綾乃に詰め寄り襟首に手を伸ばす。無論、それを綾乃は良しとせず、容赦のない一撃を土御門の腹に決めた。取りまきも状況が分からないながらに参戦したが、あえなく撃沈。

 綾乃は、沈んでもなお自身のYシャツの襟首を掴む土御門の手を乱暴に払いのける。
 よっぽど強い力で掴んでいたのか、ボタンの上3つが弾け飛び、下に着ていたタンクトップが露わになる。

(……ま、いっか)

 綾乃は少し嫌な顔をしたが、結論的に「どうでもいい」と答えを出す。綾乃はそもそも自分の容姿に興味などないのだ。先ほども強硬手段をいきなり行使されなければ大人しく脱いでいただろう。あっさりと伸された彼らに呆れ、毒気を抜かれる。

「……これも?」

 綾乃はタンクトップの裾を捲りながら土御門に問うた。ちらりと覗く肌にどきまぎしながら土御門は無言で肯定する。綾乃は自覚していないことだが彼には色気があった。彼のクラスメイトは彼の喧嘩の強さ同様、その美しさにも惚れこみ自らを下僕と称しているのだがそれは置いておこう。

 息を呑んだのは誰であったか。少なくとも綾乃ではない。彼は土御門らの反応を意にも介さず呑気に欠伸をしていた。

「こ、れ……」

 土御門の口が一つの言葉を紡いだ。

 ──闇猫。

 綾乃の耳がピクリと反応する。明らかに嫌そうな顔をしている綾乃に土御門は慌てる。

「ここらじゃどこの族にも所属していないのにやたらと強い野良の不良が有名でな」

 その不良は、背中に黒猫の刺青があるらしい。

 ちょうどお前みたいに、と言い終わるや否や土御門の喉がひくりと収縮する。彼の眼前には綾乃の足が構えられていた。

「人違いだ」

 端的に綾乃が土御門の言葉を否定する。
 喧嘩の強さ、背中の刺青からしても明らかに綾乃が闇猫であることは間違いないのだが、土御門は必死に頷く。

「二度と言うな。俺は闇猫じゃない」

 いい迷惑だ。

 囁くような声は不思議と彼らの耳に残った。
 呆然としている土御門らを背に、綾乃は屋上を後にした。一時呆然としていた土御門ははたと気づく。

「要件、何一つとして伝えられてねェ……!」


 綾乃が教室へ行くと、教室は静まり返った。原因といえば綾乃の服装が乱れているからに他ならないのだが、自身にも周りにも興味がない綾乃はそんなことに頓着しない。

「おーし! HRすんぞーってあれ、不破?」
 訝し気な顔をして綾乃を見つめる担任に、綾乃は不思議そうな空気を醸し出した。表情自体は変わらず無表情なのに、何を思っているかそれとなく伝える綾乃に、担任は苦笑する。

「今日、土御門たちがトップを決めるとか言ってたから来ないかと思ったが」
 来たんだな、という担任の言葉に綾乃は緩く頷き、そして首を傾げる。

(ツチミカド? なんか聞きおぼえがあるような…)

 あれ?と考え込むが、合致する者が出てこない。ほんの数分前の出来事なのに、綾乃の頭の中から土御門の存在は消え失せていた。
 なんとも薄情なものだが彼の他人への認識はその程度である。

 そんな彼に、忘れたとは言わせないとばかりに教室に新たな乱入者が訪れる。
「ふぅぅぅわぁああ!!!」

 ──言わずもがな、土御門大地〈ダイチ〉である。




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