「──不破。俺が誰だか分かるか」
目の前にいるのはいかにも不良な三人。中でもリーダー格らしき青髪の生徒が少し偉そうに不破綾乃に話しかけてきた。まぁ、この学校の生徒である以上そういった人しかいないのだが。そういった点においては不破綾乃はあまり不良らしくなかった。
清潔感のある顔立ち。少ししか着崩していない制服。
髪も茶髪ではあるが染めてはいない、もともとの色だ。色素が薄いため黒よりは“らしい”色かもしれないが、金やら赤やら青やらが多い中では真面目に映る。
強いて言うなら肩にギリギリつくくらいの少し長めの髪が“らしい”かもしれない。
あまり不良然としていない彼だが相手によっては彼が格上だと分かるらしい。彼の泰然とした態度が醸しているのか、はたまた彼の立ち振る舞いか。あるいはその両方かもしれない。
なんにせよ、彼は『大物』なのだ。
それこそ、他校にまでその名が知られるほどには。
……無論、本人は知らないが。
不破綾乃は、絡まれた奴を倒しているだけであって、好き好んで喧嘩を売りに行ったりましてや族つぶしを名乗ったりなどはしない。
彼はただ自分の寝たい時に寝、食べたい時に食べる、といったふうに自分がやりたいことを自分がやりたい時にやろうとしているだけ。それを邪魔するものは潰し、痛めつける。
例えばその相手が他校のトップを張っていようが、どこぞの族の総長だろうが、ヤクザの一派だろうが関係ない。
一人でも三人でも百人でも、彼は目の前の障害をただ取り除くのだ。
彼は自分がやりたいと思ったことだけをするし、知りたいと思ったことだけを知ろうとする。それ以外は徹底排除。
周囲に関心を払わない彼。当然、見も知らぬ生徒に誰だか分かるかと問われたところで分かるはずもない。
「……誰」
ポツリと問う綾乃に男子生徒らは目を剥く。形式的に問うただけでまさか知らないとは思わなかったのだろう。名乗られてもいない人の名前を彼が知らないということを知るはずもない。尤も、名乗られていたところですぐに忘れるのが不破綾乃クオリティーなのだが。
「はァッ? お前、土御門〈ツチミカド〉さん知らねェのよッ!?」
如何にも下っ端な男が綾乃に噛みつく。綾乃は少し困り、思わず耳たぶのストーンピアスを弄んだ。
(有名な人…? 芸能人…?)
「……(芸能人に)興味ないんで」
明らかに言葉足らず。人付き合いをしない綾乃は人の機敏に疎く、正直なぜ彼らが怒ったのかはまったく分からなかったが、取敢えず自分の言葉が何かを失敗したことだけは理解できた。
ちらり、と土御門を見遣ると、彼はどこか興味深そうに綾乃を見ていた。
「……お前、本当に何も知らねェのな」
馬鹿にしたような、それでいて感心したような声に、綾乃はどうリアクションを取るのが正しいのか分からず戸惑う。
無意識の内に右手がピアスに伸びる。困った時の綾乃の癖だった。
「お前、自分が2年のトップ張ってることも知らねェだろ」
だが、それも土御門のこの一言によって動きを止める。
急に黙って下を向いた綾乃に、彼らは訝しげな顔をした。が、次の瞬間全員が後ずさる。綾乃から威圧感を感じたからだ。
意識的に威圧した訳ではなく、無意識の威圧。綾乃は周りが気圧されているのに気付いていないのか、そのままめんどくさそうに話す。
「──アンタらもンなこと言うの?」
恐れで返事が出来ない彼らを一瞥し、綾乃はそのまま続ける。
「うるせーんだよなぁ。どいつもこいつも。トップだ族つぶしだ闇猫〈ヤミネコ〉だって。人違いもいい加減にしろよ」
いつも気だるげで言葉少なな綾乃が珍しく長文を話している時点で彼が怒っているのがよく分かる。
が、彼の言葉の中に聞き逃せない言葉があったことに気付き、彼らは硬直した。それは土御門も同じこと。だが土御門は自らを奮い立たせるように綾乃に近づいていく。
そして言う。
「……不破、脱げ」
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