副会長は王道じゃない
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 会長が倒れたと連絡があったのは昨日の夕方。そして今日、朝一番に生徒会室へ来た俺は一枚の紙を携え、意気揚々と生徒会室を出た。いつもは重い風紀室へ向かう足取りが今日はとても軽い。昨日連絡をもらった時は期待と興奮でなかなか寝付けなかったが、連日の事務作業の疲れもあってかぐっすり眠ることができた。
 登校時間よりはるかに早く寮を後にしたため、廊下には静寂が広がっている。そのどこか寂し気な光景も、これからのことを思えば心地よくさえ感じた。心なしか廊下がいつもより明るく見える。ハレルヤ! 今日がこの地獄の命日だ!

「あれ、副カイチョー。ご機嫌だね? 会長が倒れたってのに」

 その声を聴くと同時に、自分の高揚した気持ちが急降下していくのを感じた。なんということだ。浮かれすぎたあまり近づく人影に気づくことができなかったらしい。

 声の主は、生徒会会計だった。いや、これからは元会計と呼んだほうがいいだろうかと思案して少し気分を持ち直す。会長が倒れたことを既に知っているとは。付く相手を間違えるほど耄碌していても耳だけは早いという訳か。会長は自室で倒れたのでそれを知っているのは今のところ俺と風紀くらいなものだろうに、この会計は本当に耳聡い。その有能さをなぜ仕事に向けられないのかと半ば呆れ、ため息が漏れた。

「白々しい。倒れたのはだ、れ、のせいですか。私が会長を足腰立たなくなるまでブチ犯した訳でもないのに責められる道理はありませんねファック」

 猫被れてないし、とぼやく会計に心中で被ってるつもりはないと答える。事実、俺は自分が口汚いことを隠し通している訳ではない。ただ立場上TPOをわきまえた態度をとった結果、俺と正反対の『副生徒会長さま』という偶像ができてしまっただけなのだ。そうこう言い訳をしている内に会計の興味は手元の書類へと移ったらしく、何の書類か尋ねてくる。気になるか。ならば教えてやろう。これはな、

「リコール嘆願書です」
「はぁッ!? え、ちょっと待ってよ!」

 ご機嫌で答えると面白いように会計が慌てだした。これを見たいがために教えたようなものなので、期待通りのリアクションが見れてさらに気分が良くなる。

「待ちませんよ。私がどれだけ待ったと思ってるんですか。6か月ですよ、6か月」
「6か月っていうと俺たちが生徒会から疎遠になってすぐじゃんかぁ…」

 会計は目をギョッと見開き、こちらをドン引きしたような目で見てくる。よもや仕事をさぼった人間にそんな目で見られることになろうとは。非常に不愉快だ。
 会計がさらに腹の立つリアクションを起こしそうだったから言わなかったが。実は俺は会計と書記が二日連続で仕事を放棄し、転入生にまとわりつき始めた時点でリコール嘆願書を一回提出している。その時は会長の許可と認め印がなかったために申請が通ることはなかった。しかし、昨日。会長は無理がたたり倒れた。会長代理は当然俺だ。つまり今、会長の許可も認め印もすべて俺の手中にある状態なのだ。神がリコールを促している。そうに違いない。

「ねっ、副カイチョー、考えなおそ? まだ間に合うよ」

 会計があたふたとしながら書類の提出を妨げようとしてくるが、もう遅い。

「何に間に合うんですか? 体育祭の企画書も、文化祭の企画書もすべて提出し終えた後だというのに。何に、間に合うんですか?」

 語気強く問い詰めると、案の定会計は言葉に詰まる。答えられないのだ、適当に紡いだがゆえに。俺はこの時、この男のことを心底侮蔑していた。

「俺、みんなと任期を全うしたいよ」

 情に訴えかけられるもなお侮蔑の念しか沸かなかった。会長がよくその言葉を寂しそうに漏らしていたが、その時でさえ俺はリコール嘆願書を提出する算段ばかり立てていた。帰ってくる見込みのない奴を諦めたほうが会長のためになると確信していたからだ。何より俺のためになる。仕事量も減るし、睡眠不足も解消できる。まともに仕事をこなしていた彼に寂しげにこぼされても揺らがなかった決意が今更登場した外野によって揺らがされることなどない。

「いや、違う……。副会長、」

 俺の固く閉ざした心に沿うように会計が怖々と声を掛けてくる。思ったより冷たい視線を投げてしまったようで、会計はピクリと瞼を震わせた。間延びした声が縮こまっていることに気づき、少し態度を軟化させ話を促す。

「副、会長。迷惑かけてごめんなさい」

 頭を下げ、言葉を紡ぐ会計。声が湿っぽかったが、返事はしない。まだあるだろ。お前が言うべき言葉はまだあるだろ?

「俺に、チャンスをください」

 しばらくその言葉に沈黙した後、固くこわばった肩に手を添える。肩はばね仕掛けのおもちゃのように跳ね上がった。

「会計」
「……はい」
「見返りは? お前のセールスポイントはどこなんだ。今、お前を復帰させることで俺にどんなメリットがある?」

 今はこんな微妙な仲だが、これでも去年一年間一緒に補佐としてやってきた仲間だ。俺の言いたいことを彼は即座に理解した。要するに、提示したメリット次第で決める、ということだ。これが最後のチャンスだ。

「……俺をリコールすると、その間俺の席が空くよね? 会長のいない今、働くやつは一人でも欲しいはず。でも一般生徒に書類の概要を見せる訳にはいかない。リコールの座席を埋めるのにも選挙と仕事の引継ぎが必要になる。つまり、会長不在の今、嘆願書を出すところまでは簡単だけどその後はとてつもなく大変だ。……今は、俺を復帰させたほうが得なんじゃない?」

 図々しいまでに自分を売り込む会計に苦笑が漏れた。確かにその通りではあるのだ。非常に遺憾だが。とても、とても悔しいが、彼の言っていることは当たっている。さっきまで震えていたくせに図太い奴である。
 コホンと咳ばらいをしてニヤリと笑う。

「……なるほど。仕事ができる会計くん。会長と書記の分の仕事も頼みましたよ」

 おかえり、会計。

 嬉し泣きをしながら少し嫌そうな顔をし、会計が腕にまとわりついてくる。

「仕事量があまりにも不公平じゃない〜?」
「うるせぇ、きりきり働いてもらうからな!」
「ううぇぇぇ、しょうがないなぁ」

 ありがとうと、聞こえた気がした。さぼってたことを赦した訳じゃないというふてぶてしい言葉は、彼があまりにうれしそうに笑うものだから言葉になることなく消えた。

 



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