副会長は王道じゃない
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 差し込む夕日に生徒会室が赤く染まる。紅茶の湯気が鼻孔をくすぐり、心臓に爽やかな芳香が広がった。

「副カイチョー、俺の分の紅茶も入れてぇ……!」

 ずびずびと鼻をすすりながら仕事をしているのはこないだ出戻ってきたばかりの会計だ。危うく元会計になりかけたところをぎりぎり回避した彼は、ただいま尋常じゃない量の書類に追われている。俺はというと、自分の分だけを片付ければよくなったのでとても楽である。会長と二人でひぃひぃ言いながら四人分の仕事を回していたころが懐かしい。

「ほら、これ飲んで仕事頑張れ」
「仕事を手伝うって発想が全くない辺りが副カイチョーらしいよねぇ……!」

 ことりと紅茶の入ったティーカップを会計の事務机に置くと泣き言をこぼされる。仕事が多いのは、もともとそういう交換条件で出戻りを許したのだから当然というものではないのか。とはいえ俺も塩一粒くらいは慈悲の心を持っているので内緒で手伝う心づもりではある。

「ほーら頑張れ頑張れ。お前のお陰で俺は今すごく楽だぞ〜」

 それを聞き会計は、嬉しさと呆れとげんなりした表情の入り交ざった、端的に言えば微妙そうな表情をした。

「お前のお陰でって響き自体はすごく心地いいんだけどなぁ……」

 はぁ、とため息を一つこぼし、事務作業に戻る。彼は優秀な社畜だった。
 カタカタとキーボードを叩く音が生徒会室に響く。事務机からソファに移動し腰かけると、眠気が漂ってくる。今日の分の仕事は終わっている。生徒会には優秀な会計がいる。眠っても、いいのではないか? 昼寝の誘惑に抗うことなく意識を委ねると、程なくして眠りの波へ誘われた。




 紅茶をすすりながら副会長の様子を確認すると気持ちよさそうに眠っていた。会長――浅井だって倒れたのだ。同じ仕事量をこなしていた彼だって限界が近かったのだろう。会長にだけ会計と書記の分の仕事を押し付けることだってできたはずなのに付き合ってぼろぼろになるあたりが実に副会長らしい。口では冷たいことを言い身勝手にふるまっているかのように見せている彼だが、なんだかんだ人がいいのだ。この書類も、実のところ会長と俺と書記の三人分ではないのだろう。あれだけ面倒を嫌うくせに最終的には優しいのが彼だった。副会長、森川誉〈ホマレ〉の優しさはひどく回りくどい。

 自身のブレザーを脱ぎ、眠りこけている森川にかける。やはり少し肌寒かったらしく、彼はブレザーにいそいそとくるまった。

 書類を片付けながら、思いを馳せる。
 森川は俺が転入生に付きまとった理由を一切聞いてこない。それは俺に関心がないからなのか、それとも関与すべきでないと感じているからなのか。リコールまで追い込まれかけたがこれでも仲間だと思っているのだ。関心を払われていないというのは寂しいものがある。

 浅井と森川にあんな仕打ちをしておいてなんだが、俺が転入生に付きまとったことに大した理由は一切存在しない。森川に白状したらお腹を殴られるだろうと容易に想像できる程度には存在しない。こんなくだらない理由で人に迷惑をかけていたのならいっそもっと大層な理由が欲しかったと思えてくる。それくらいに俺の行動原理はシンプルかつくだらない。

 察せる人にはこの一言で説明がつくのではなかろうか。『俺は腐男子なのだ』という言葉だけで。
 俺は、学園BLものにハマって以降、その世界に身を置きたくて仕方がなかった。もちろん、傍観者としてだ。そしてめでたくこの学園に入学した俺は、この充実したBL的環境(我ながら斬新な言葉だと思うがそれ程男同士の恋愛がメジャーなのだ、この学園は。)に歓喜した。そして入学して二年目、つまり今年だ。ついに王道転入生が現れた。現れるはずがないと諦め、学園内のホモップルだけで我慢していた俺にもついにツキが巡ってきたのだ!

 歓喜し、王道会計として立ち回る内、気が付いた。
 あ、これアンチの方だ。

 第一、王道転入生に一番入れ込むはずの副会長が一切関心を払わない時点で齟齬は出ていたのだ。なるほど、浮かれて気が付かなかったがあんなアンチ臭しかしない転入生、好きになるはずがないな。そういえば副会長は転入生のことを陰毛と呼んでいたなぁ……、と思い出し、遠い目になる。マリモ呼ばわりくらいでやめてあげてほしかった。陰毛って。いくら地毛でないにしても言われていい気になる呼び方ではない。

 全く、この副会長様は口汚い。
 だがその中に優しさを隠すのだからこの人はみんなに愛されているのだ。心底たちが悪い人である。かく言う俺もそんな不器用な優しさに救われてしまった内の一人なのだからどうしようもない。

「森川の肩の荷が少しでも下りるなら、」

 俺はいくらでも働くよ、森川。



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