あの夏の日を忘れない
2
 今日の風紀の勉強会も終わり、戸締りをする。最後まで残っていた委員たちがヒィヒィ言いながら帰ると、その場は俺と宮野だけになった。風紀室の鍵を管理室に返しに行った青を待つ俺に、「先輩」と宮野が声をかける。

「宮野。なんだ?」

 いつも睨んでくるばかりのこいつが話しかけてきたことに内心驚く。とはいえ、その目は変わらず俺を睨みつけたままだ。宮野は鞄に手を入れ、丁寧に折りたたまれた紙を取り出す。忌々しそうに俺の眼前に突きつけられたその紙は、新聞部が先日発行した新聞だった。夕日が紙に映り込み、やけに眩しい。目を眇める俺に、宮野は不愉快そうに対峙する。

「対談、読みました」
「……」

 何が言いたい、と視線で促すと、宮野は眦を釣り上げる。ガ、と胸倉を掴む手に、シャツの第一ボタンが弾け飛ぶ。あーあ。後で拾って縫い付けないと。落ちたボタンを視線で追っていると、意識が自分に集中していないことが気に食わなかったのか、更にきつく締め上げられる。

「アンタ、吉衛先輩が好きなんでしょう。いい加減邪魔するのやめてくれませんか」
「は……?」
「体育祭一緒に抜け出した恋人もいるでしょう。漆畑もいる。あ、それと二村、でしたっけ。それだけ引っかけて、好きな人もいるのにまだ飽き足らないんですか。この淫売」

 ぺ、と吐き捨てられた唾は俺の服を濡らした。不快感に顔を歪めそうになるのを堪える。困り顔をつくると、眼下の顔は苛立ちに顔を赤くした。

「色々ツッコミどころはあるがそもそも俺と青はそんな関係じゃない」
「なら余計離れてくださいよ。目障りです」

 乱暴に振り払われたシャツからまた、ボタンが落ちる。今度は第二ボタンだ。宮野が握りこんでいたものが落ちたのだろう。溜息を吐き、風紀室のドアに凭れかかる。

「待てよ」

 背を向け立ち去ろうとする宮野を呼びとめる。

「おいガキ。テメーの言いたいことだけ言って勝手に帰ってんじゃねぇ」
「はぁ……っ?」

 今までどんなに睨んでも苦笑し受け流していた副委員長からの暴言に、宮野は驚いたように振り返る。

「なに驚いてんだ。どんなこと言っても俺が笑って許すと? 俺の仲間でもないテメェを?」

 言いながら立ち尽くす宮野に歩み寄る。一歩一歩近づく俺に、宮野はじりじりと後退する。クッ、と喉で笑うと、びくりと竦む体。

「お前も風紀の端くれなら、知ってるだろ? 俺が族の長だって」

 よくもまぁ、あれだけ強気に出れたもんだな。

 また、後退する。とん、と宮野の背中が壁についた。宮野は自分が追い詰められたことに気付くと、怯えを含んだ目で俺を再び睨みだす。

 ドン

 腰近くの壁に蹴りこむと、身を竦ませ顔を伏せる。つ、と顎を持ち上げ耳に口を寄せる。

「俺がいつまでも大人しく殴られてやると思うなよ」

 目を細め、息を吹きかける。びくりと宮野が体を揺らし、耳を隠した。鼻で笑うと、悔しかったのか俺の顔をビンタしてくる。パン、と高らかな音が頬を打った。

「脅してきたって言いますよ……ッ」
「誰に? 俺は手を出してないのに、手を出したお前が言うのか?」

 随分とお優しい世界で生きてるらしいな、お前は。

 震えた声を嘲る。痛い痛いとわざとらしく頬に手を当てると、宮野は言葉を呑み込み俯いた。さて、そろそろこいつを帰すか。廊下の向こう側からゴムの擦れる音を聞いた俺は、シッシと宮野を追い払う。

「次はない」
「うるさいッ」

 べー、と舌を出し、親指を下に向ける宮野に顔を顰める。ったく、誰が逃がしてやってると思ってんだアイツ。

 宮野の姿が見えなくなった頃、青が戻ってくる。お待たせ、と微笑む青は、俺の姿を見た瞬間硬直する。

「……誰だ」
「秘密」

 地面に落ちているボタンを拾い、俺の手に乗せる青。宥めるように頭を撫でるも、目には暗い光が灯ったままだ。

「……宮野か」
「秘密だって言ってんだろ」
「ッチ、あの野郎潰す」

 今にも走り出しそうな青に、くんと腕を引く。

「あーお」
「……っ、何だ」

 間延びした声で呼びとめると、青は焦れたように振り返る。過保護っぷりに、思わず苦笑する。

「今日青の部屋泊まってもいい?」
「ハッ!!?」

 唐突な言葉に、青は目を見開く。流石に無理があったかと首を傾げるも、宮野に向けられていた青の意識は俺に向いた。内心溜息を吐き、この場にいない宮野に毒づく。これは貸しだからな。

「お前の部屋、委員長だから一人部屋だろ? かなり広いって聞いたけど」
「あ、あー。広い。そうだな、広い」

 どこかぎこちない青の仕草に片眉を上げる。

「お前大丈夫か。喋り方おかしいぞ」
「なんか、ドキドキする……。なんだ? 家庭訪問的な?」
「お前家庭訪問そんなに緊張するタイプなの?」

 というか桜楠学園に家庭訪問はあるのか? 聞いてみると、桜楠学園には家庭訪問はないらしい。まぁ、この学園の『家庭』なんて面倒この上ないもんなぁ。

 指先でボタンを弄ぶと、「それも付けなきゃな」と青が険しい顔をした。





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