あの夏の日を忘れない
22
「椎名くん!!」

 心配そうに駆け寄ってくる三浦と委員長に、俺はへたり込んだままゆるりと手を振る。

「平気!? 大丈夫!?」

 肩をガシリと掴み俺の様子を確認する委員長の腕を軽く叩き、大丈夫だと訴える。

「絡まれてた子達は?」
「大丈夫。椎名のお陰で無事。ほら」

 三浦が言葉少なに促した先では、先ほど庇ったクラスメイトが心配そうにこちらを見ていた。

「椎名くん、ありがとうっ…! ごめんね何もできなくて…」
「首、血が出てる…っ! 僕、絆創膏持ってるからこれ使って!」

 ありがとう、と絆創膏を受け取る。手渡してくれた子は顔をわずかに赤らめた。円のファンかと一人結論付け、貰った絆創膏を首に貼ろうとする。

 そのままの姿勢では貼るのが難しく、顔を上向きにした。ぺたり、貼ると、口の端が痛むことに気付く。甲斐に巻き添えを食らった時に切ったらしい。唇をぺろりと舐めると血の味がした。

 ふぅ、と溜息を吐き立ち上がる。ふと見ると、周りの面々は息を詰めて俺を見ている。

「……え、何?」

 内心ぎょっとし尋ねると、三浦は深く息を吐いた。

「椎名、本当に顔がいいよな……」

 ダダ漏れ、と訳の分からないことを呆れ顔で言われる。褒めてるのか馬鹿にしてるのかどっちだ。取るべきリアクションを迷いつつ、「同じ顔だからね」と受け流す。面々は、頭の上にハテナマークの浮かびそうな顔をし俺を見返す。面々の反応の不可解さに首を傾げる。何かおかしいこと言ったっけ。

「……あの、ほら、円のことが好きだから俺の顔褒めたんだろ……?」

 意味が伝わっていないのかと、言葉を足すと、面々は得心いったのか「あぁ」と頷いた。

「もしかして椎名様、ご自分に向けられる好意は全部ご自身を介した会長様への好意だと思っていらっしゃるんですか?」

 半ば責めるような口調で先輩は俺に問う。違うのか、と思ったがこれをそのまま言えば怒られることくらい想像がつく。かといっていい言い訳が思いつくわけでもなく、思わず黙り込む。なぜ怒られているのかがまず分からないのだ。言い訳のしようがない。

 そこに座ってください、と指された場所は先ほどまで座り込んでいた地面だ。嘘だろ、と見返すも、面々は止めるどころか首肯し俺が座るのを促してくる。仕方なく俺は地面に正座をし項垂れる。なんだこれ。本当になんだこれ。

「いいですか、椎名様。僕は非公式ではありますがあなたの親衛隊の隊長です。親衛隊は、あなたを慕う者が入る組織。それは決してあなたを会長様の代わりにしたい者が入る組織ではありません」

 きっぱりと言い切った先輩は、声のトーンを一気に落とし、「第一、」と前置く。

「そんな輩、この僕が入れさせません」

 びくり、背筋を伸ばした俺を、先輩はやけに優しい目で見つめる。初めて会った時と同じく、哀れむ色がわずかに含まれていることに俺は気づいた。気に食わない。気に食わないが、まぁいいかとも思う。この先輩は俺を哀れむだけの人間ではないようだから。ガミガミと怒る先輩は、明らかにその類の人間とは違う人だった。あの人たちは俺を叱りはしない。ただひたすらに人の悲劇を食い物にするだけだ。

 説教を垂れていた先輩は、はたと何かに気づいた顔をした後、そういえばと口にする。

「僕が好きだって言ったのは会長様に似てる椎名様でなく椎名様のことですからね」

 説教を聞き流す体制に入っていた俺は、完全なる不意打ちに硬直する。ちら、と様子を伺うと、先輩は深く頷く。視線を彷徨わせ、言葉を探る。やっと見つけた言葉は、ありがとうございますというありふれたものだった。

 先輩は俺の困惑を感じ取ったのか、どういたしましてと笑って応じる。

「では、僕はこれにて失礼します。次はお茶会でお会いしましょう、椎名様」

 綺麗なお辞儀をし、先輩は立ち去ろうと背を向ける。咄嗟に声をかけた。

「一緒に回りませんか!」

 え、と戸惑いの色を濃くした表情で先輩は振り返る。

「まさかそこまで許してくれるとは、」

 口元を手で押さえた先輩は、何かを押し殺したような低い声で、

「……ありがたい話ですが、今日は遠慮しておきます。僕は遠足中ではありませんから」

 ああそうか。三年生の遠足を欠席しこちらに来ていることがバレたら問題になるのか。一人で回るのは楽しくないだろうと思ったんだが。

「それに、椎名様を遠くで見守るだけで幸せですので」
「そ、うですか」

 なんと言えばいいのか。まっすぐな言葉に照れを隠せない。そわつく心を誤魔化すように足先を彷徨わせる。

「椎名って照れるんだ……。好意に動じないイメージだった」

 意外そうに言う三浦に苦笑する。

「俺宛の好意って現実味がないからいつもは照れないんだけど、」

 これほど熱っぽい視線向けられたら、そりゃあなぁ……?

 困り果て先輩を見つめると、三浦は言葉の続きを察したのか、隣であぁと頷いた。





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