あの夏の日を忘れない
19
 いよいよ今日は遠足当日。俺たちのクラスはバーベキューが体験できる施設を訪れていた。山付近に構えられている施設であり、バーベキューの他に陶芸やアユ釣り、和紙すき、草木染めも体験できる。五人一組で班ごとに別れた俺たちはバーベキューの準備を始める。とは言っても、施設が予め準備のほとんどを終えてくれているため俺たちのやることはほとんどない。せいぜい班ごとに用意された野菜と肉、網を割り当てられた数字の書いてあるドラムグリルのもとに運ぶくらいだ。

 俺は班員の三浦、花井、平野、委員長と共に準備を始める。

「あ、いいよ。俺持つ」
「平野くん、ありがとう」
「はいよ」

 平野くんはサッカー少年らしい爽やかさで快く食料を引き受けてくれる。左手の怪我を理由に平野君に旗を任せたからか、怪我のことを気にしてくれているようだった。皆何かしらを運んでいる中何もしないのは申し訳ないが、怪我のこともあるのでありがたいのも確かだった。俺は炭に火を点ける用のチャッカマンを運ぶことにする。右手でクルクルと回し弄んでいると、委員長が興味深そうにこちらに寄ってくる。

「すごいね。ガンマンみたい」
「くるくるくるくる〜スチャッて?」

 ガンマンという言葉にふざけてみせると、委員長はおお〜と小さく拍手した。

「なんか、意外」
「え、何が?」
「椎名くん、近寄りがたいイメージだったから。あんまりふざけたりしないと思ってた」

 悪気なく言う様子の委員長に、肩を竦める。思えば三浦や花井以外のクラスメイトとほとんど喋ったことがない。お堅い人物だと捉えられても不思議ではなかった。まして、俺の兄は『生徒会長さま』の円だ。同じ造形の俺に気軽に話しかける、というのはなかなか難しいことなのかもしれない。

「俺はあんまり堅いのは好きじゃないな。テキトーにじゃれて過ごしたい」

 バァン。チャッカマンを構え、委員長に向かって撃ちこむジェスチャーをすると、委員長はウッと撃たれたフリをしてくれる。

「こーらガキ二人。チャッカマン持ってるなら炭に火点けて」

 ぺし、と花井に頭を叩かれる。はぁい、と返事をし、炭に火を点ける。網を乗せ、準備完了だ。

「よかったじゃん」
「ん?」
「横内と仲良くなったんでしょ?」

 花井の言葉に首を傾げる。横内って誰だ。少し考えこみ、思い出す。ああそうか、委員長のことか。すっかり忘れていたが委員長の名前は横内渡(ワタル)だった。ずっと委員長と呼んでいるからかどうも本名の方を忘れてしまう。俺は花井にうんと頷く。話せる人が増えるのは嬉しかった。

「それ、何やってんの?」

 花井は白い消しゴムのような何かをトングで掴み、網に擦りつけている。俺の質問に花井は「ラードを網に塗って食材が網に引っ付かないようにしてる」と教えてくれる。なるほどなぁ、と一人感心する。物珍しそうな俺の目線が気になったのか、平野と委員長がこちらに寄ってくる。

「バーベキューは初めて?」
「うん、やったことない。だから今日が楽しみだったんだよね」

 行事を心待ちにするという自分の中では珍しい体験がどこか気恥ずかしく、はにかみながら言うと、二人はうっと呻き後退する。二人は顔を見合わせると、こくりと頷きせっせと俺の紙皿に焼けた肉をよそいはじめた。

「そうかそうか。たんとお食べ」
「塩だれと醤油だれあるけどどっちがいい? 初めてなら二つ紙皿使って両方試す?」
「お、おう? ありがとう。じゃあ両方試してみようかな」

 ほらほらと割り箸を手渡される。ぱきん、と割り、山盛りの肉を食べる。良いものを使っているのか、厚みの割に肉はあっさりと噛み切れた。

「……うまい」
「野菜は? 何が好き? ウインナー焼こうか?」
「水は? 足りてる? 熱くない? 火傷しないようにね」
「こら。平野、横内、気持ちは分かるけどはしゃぎすぎ。三浦、火が弱まってきたからちょっと団扇で扇いで」

 テキパキと指示をする花井に、俺が扇ごうかと申し出る。花井はうーんと唸った後、くすりと笑い「いいよ」と俺の申し出を却下した。

「そこの馬鹿二人が椎名の初めてを世話したいみたいだから。暴走しないように見張っといて」
「ん? うん、分かった」

 俺ばかり食べているが他の人の分はちゃんと残っているのだろうか。辺りをきょろきょろと見る俺に、炭を扇いでいた三浦が「大丈夫」と声を掛けてくる。

「肉も野菜も多めに用意してくれてるから、なくなれば貰いにいけばいい」
「えっ、そんな心配してたの? って、俺たちが食べないからか。ついついはしゃいで食べさせちゃってたけど俺たちも食うかー。腹も減ったし」
「そうだね。いただきます」

 手を合わせる委員長に、そうだ忘れてたと俺も手を合わせる。委員長は自分もしていたくせに、「律儀だなぁ」と笑った。






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