あの夏の日を忘れない
19
 青に手を引かれ二人、国際通りを歩く。青と街を歩くことは何度もあったが、こうして初めての土地で肩をくっつけて、なんて――

「修学旅行でデートできると思わなかったな」

 丁度考えていた言葉を口にされて唇を食む。恥ずかしさで思わずニヤけてしまいそうだ。青は俺の顔を見ると繋いだ手を更に深く絡める。

「かーわい」

 何かが胸にこみ上げる。からかうような調子の笑い方に耳が熱くなる。乱暴に耳朶を擦り、青を睨み付ける。

「お前が俺をそう変えたんだろ」
「ウッ」

 繋いでいない方の手で青が顔を隠す。手の隙間から覗いた目はぎらりとした熱を帯びている。青は自分を落ち着けるためかフーと長く深く息を吐く。じわり、どちらとも分からない手汗が滲む。心臓が掴まれたみたいだ。こっそり深呼吸を試みるも、ハッハッと犬のような呼吸しか聞こえない。隣の青を窺うも、俺の反応に気付いた様子はない。

 ふと思いつき、青の手を振りほどく。数歩駆け、青に向けて口角を上げる。

「デートなんだろ。置いてくぞ?」

 軽く走ると風が頬に当たり火照りを冷ます。ちょっと青と離れて落ち着きたいという思惑は狙い通りに作用した。……でもなんだか、これって恋人同士の『捕まえてごらぁん』みたいだな、と考えたのが悪かったのか。クンと腕を引かれて青の中にすぽりと収まる。

「赤、急に走ると危ないって」
「……ごめん、なさい」

 きゅぅぅと胸が高鳴る。やばい、完全に自爆した。そりゃそうだ、商店街の中を急に走るのは危ない。抱きしめられてる。好きだ。青の背に手を回してハッとする。

「あっ、いや、その」

 慌てふためく俺に青の顔が寄せられる。

「あ、お……っ」

 ち、近い! 反射的に目を瞑る。ちゅ、と額に熱が走り、目を開く。お、おでこ。ホッとしたような、物足りないような。自分の思考に動揺しつつ青の体から手を離す。青は俺の頭をくしゃりと撫で、聞こえるかどうかくらいに小さく声を漏らす。

「あぶねぇ……ッ」

 青にしては余裕のなさそうな様子に、キスされたばかりの額を意識する。慰めて、くれたのだろうか。青といるだけで気持ちが浮上する。単純だなぁと思わないでもないが、そんな自分も青が好いていてくれるなら悪くないのかもしれない。こちらの気持ちが切り替わったのを察したのか、青が俺に向き直る。

「青……」
「由の、お母さんのことだよな」

 余命半年。唐突に告げられたそれをどう受け止めたものか、俺はまだ決めかねていた。俺自身の今後の母さんとの関わり方だけではない。円に伝えるか伝えないかを、だ。
 記憶が戻った円は、母さんのことをどのように思っているのだろう。考える。伝えないまま母さんが亡くなった時のこと、伝えて兄が苦しむ時のことを。

「そうだな。俺ははっきりとした答えは言えないけど、一つ言うとしたら」

 青の微笑む気配がした。

「由のお母さんも、由と同じことで悩んでたよ」

 やっぱさ、似た者同士なんだな。
 顔を上げる。心はもう、決まっていた。





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