あの夏の日を忘れない
18
 店頭で大きく口を広げているサメのオブジェ、蛍光イエローのポップに、積み上げられたちんすこうの箱。昼食を終えた俺たちは二班合同で商店街を散策していた。青と会話をしながらさり気なく円の様子を窺う。よく分からない置物を興味深そうに眺めていた円は、俺の視線に気付いたのかゆるりと視線をこちらに向けた。
 ふっとほころんだ口元は何かを黙って待っているようでドキリとする。慌てて顔を背け、パイナップルの試食をしている青に話しかける。

「うまい?」

 バレないように円の方を振り返るも、兄は既に俺の方を見てはいなかった。恐らく、俺が何か考え事をしていることを察して逃がしてくれたのだろう。
 ふいに眼前へ現れたパイナップルに意識を引き戻される。見ると、青がパイナップルを差し出していた。爪楊枝に食いつくと、甘酸っぱい果実はつんと鼻を刺激した。

「っふ、鼻」

 鼻に皺でも寄っていたのか、青の指が鼻先を押す。高鳴る胸が気恥ずかしい。目を伏せ小さく文句を言うも、青に堪えた様子はない。重く燻っていた気持ちが軽やかに掻き消されるのを感じた。熱くなった耳朶を擦り、吐息を落とす。俺だけ意識してるみたいだ。意趣返しのつもりで骨張った手に指を絡めると、びくりと青の肩が震えた。にやりと笑うも、青の手が更に絡むと同時に余裕は失われる。

「ちょ、青」
「ん〜?」
「……っ」

 何も分かっていないかのような声音が恨めしい。キッと自分より高い位置にある顔を睨みあげるも、見返す瞳の色っぽさに息を呑んだ。

「そんな顔ずるいだろ……」
「由がかわいいことするから」

 下の名前を呼ばれただけでときめく俺は馬鹿なのかもしれない。青の一挙手一投足でそれまで怒っていたことがどうでもよくなってしまう。

「お前、その呼び方確信犯だろ」
「何のことやら」

 涼しい顔で笑う青の顔がいたずらっ子のようで、それすらかわいいと感じてしまう自分の絆され具合に閉口した。こんなの、敵う訳がない。今まで予想もしていなかった自分の変化におかしさすら覚え、破顔する。沖縄のからっとした空気は、季節が秋に差し掛かっているにもかかわらず夏の匂いがする。耳を澄ませばさざ波の音すら聞こえてきそうなこの場所で、こんなにも楽しい気持ちになれるとは思わなかった。

 ふと円の方に視線を戻すと、何か言いたげな顔をしてこちらを見ている。兄なりに俺のアクションを待っている気配を感じつつ、再び顔を背けて青に言う。

「青、」
「……ん?」
「少し、困ってることがあって。できたら……、助けてほしいんだけど」

 たった一言、されど一言。青の瞳に灯った輝きで、円だけでなく青も待っていてくれたのだと気付いた。

「やっと、」

 青が腕を広げる。不意に青の顔が近づく。ふわりと香るシャンプーの香りに息が浅くなる。

「やっと自分から頼ってくれるようになった」

 思えば、ヤケクソや最終手段以外で人に頼るのは初めてかもしれない。過去の宮野奪還作戦や母さんの捜索依頼のことを思い出して苦い気持ちになる。ぎゅうと抱き着きかえすと、青に足を抱えられる。いわゆるお姫様だっこというやつだ。

「〜〜〜〜あおっ?!」
 慌てる俺に青は楽しげに笑う。

「折角だ。制服デートでもしようか、赤」





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