あの夏の日を忘れない
43
 さて次は、と視線をさまよわせる司会に、二村がマイクを要求する。隣で俯く牧田の背を叩き前へ出ると、二村は顔を顰めた。言葉に迷っているのだと分かったのは二村の性格を知っているからだ。何も知らない一般の生徒には不機嫌そうに映るだけだろう。

「二村」
「あ?」
「お前さぁ、出会った当初、俺と円の見分けついてなかったろ」

 髪の色も違ったのに。

 意地悪のつもりで付け足すと、二村はばつが悪かったのかますます顔を顰めた。

「もう、見分けはつく?」
「……当たり前だろ」
「そう」
「そんなの、喧嘩吹っ掛けて負けた時からついてたわ。お前、桜楠がしねぇような顔してキレてたから」

 あんな、と二村の言葉が続く。

「人のこと転がして、踏んで、ついてくるかなんてめちゃくちゃばっかほざいて。かと思えば勉強教えたり俺の立場を気にしたり。……いつも自分ばっかり傷つきやがって。最低だ。マジで最低」

 並べてみればひどい有様。思わず笑った俺は、二村につられるようにして出会った頃から振り返る。円と間違えて喧嘩を吹っ掛けてきた二村は……そうだ。部屋に連れていってと頼んだ俺を、間違えて自身の部屋に連れて行ってくれたんだった。

「思えば、二村は最初から優しかった。案外周りが見えてて、大人びてた。……お前は俺がお前を助けたって思ってるみたいだけどさ、本当のところはお前が俺に助けさせたんだよ」

 お前が動いたから、俺も応えたんだ。

 事実、俺は二村を風紀に誘ったきり迎えにいきもしなかった。二村が俺の教室に足を運んだから、俺もそれに応えたのだ。勉強に関しても同じ。分からないところを教えたのは俺だが、実際に勉強をしたのは二村だし、なによりクラスを上げると決めたのも二村自身。俺はただそれを応援しただけにすぎない。

「……クソが。ンなこと言うから嫌いなんだよ。優しいだとか、大人びてるだとか。テメェは俺の評価が甘すぎンだろうが」
「そうか?」
「……最低だ。嫌い。お前なんか嫌いだ。諦めさせてもくれねぇ。諦めようとするたび引っ張りやがって、クソ」

 泣き言のように嫌いだと駄々をこねた二村は、目元に力を入れて俺を見やる。

「……すきだ」

 掠れた、小さな声。
 嫌いだと言ったその口で、二村は確かに呟いた。

「二村、」
「うるせぇ、嫌いだ! クソ、ダボが! ……なんで嫌いにさせてくれねぇんだよ。クソ、嫌いだ」

 睨みつける目の際は赤い。薄っすらと張った水膜を誤魔化すように、二村の表情は殊更凶悪になっていく。

「ごめん、二村」
「謝るなッ!」
「にむ、」
「俺を惨めにさせたいのかテメェは」

 フーフーと息を荒げた二村は、押し殺した声で俺に問う。思わぬ言葉に声を失った。

「俺はこんなのでも二村の跡取りだ。色々やらかしたから許嫁なんてモンはいねぇが、今後できないとはかぎらねぇ。……どうせ、叶いやしなかったんだよ。ありがてぇことにな」

 マイクを司会に返し、二村は言う。

「いいか、俺はお前にフラれたんじゃねぇ。自分で区切りをつけたんだ。勘違いすんなよ、ダボ」
「……お前、やっぱさぁ」

 優しいよな。

 俺の言葉に、二村はまずいものを食べたような顔をする。やっぱお前嫌いだわ。そう付け足されるも、真逆の意味にしか聞こえなくて。ごめんな。謝る代わりに、ありがとうと笑って告げた。

 それにしても、許嫁。我が家はごたついているからそんな話は出る気配さえないが、夏目の家はどうなのだろう。青の手にマイクが渡る。

「赤」

 マイクに乗らないよう声なく呼びかける青。
 きゅうと締め付けれるこれは、あと何度繰り返せばなくなるのだろう。俺と青は、いつまで隣で笑えるのだろう。

 俺だけの居場所? とんだ勘違いだ。
 ――俺だけが持てるものなんて、最初からありはしなかったのに。






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