あの夏の日を忘れない
36
来る、文化祭一日目。

「それでは開会の言葉。会長、お願いします」

 文化祭実行委員から円へとマイクが渡る。

「桜楠学園生徒諸君。いよいよ今日という日がやってきた」

 小さく微笑む円。

「とはいえ、長らく学園を離れていた俺は大して文化祭の準備に関わっていないんだが」

 いたずらっぽく付け足された言葉に生徒から笑いがこぼれる。四月の頃にはなかった光景だ。

「だが、君たちはこの日のために各々準備を進めてきたことだろうと思う。学園に戻ってきて、驚いたよ。一目見て感じた。この祭りは最高の催しになる!」

 湧き上がる衝動に息をのむ。それは俺だけではなかったようで、他の生徒の吐息が耳に届く。

「俺から言うことはただ一つ。存分にぶちかませッ!」

 拍手が飽和する。桜楠円らしくない勇ましい言葉。煽る表情に誘われたのか、生徒の目に光が宿る。どうだ、俺の兄ちゃんはかっこいいだろう。これが桜楠――いや、椎名円の真価だ!

 口角が持ち上がる。円と視線が交差する。割れるような拍手の中なのに、まるで音が消えたかのような気がした。ふっと円の口元が緩む。言葉にされずとも、言いたいことが分かる。

 ――そんなにはしゃいで。しょうがない弟だな。

 カッと体温が上昇する。み、見透かしやがった……!
 同様に視線を外すと、隣にいた青と視線がかち合う。

「んで生ぬるい目してんだよ」
「久しぶりにオラついてる赤を見たなぁ」
「見たなぁじゃねぇよその目の意味を聞いてんだよ」
「意味って、」

 表情だけは堅物の風紀委員長のまま、顰めた声が言葉を返す。

「桜楠の挨拶にそんな目ぇ輝かせてどや顔してたらさぁ。かわいいじゃん?」
「ぶん殴っていいか?」
「ふっは、ンン、開会式終わったらな」

 いいのかよ。なんでだよ。俺の微妙そうなリアクションに青はかすかに肩を揺らす。なんというか。その笑い方はちょっとずるい。

「いやさ、嬉しくて」
「は?」
「約束、守ってくれてるから」
「約束?」

 ってああ。怒れよっていうアレか。思い出すなりはっとする。『俺にはそうしてほしい』その言葉の真意は、

「青、さぁ」

 鈍感と言われ続けた俺だが、これでは言われても仕方ないのかもしれない。

「俺のこと甘やかしたいの?」
「そうだけど?」
「…………ん?」

 待って。待て待て待て待て。

「俺今口に出てた?」
「出てたなぁ」
「でもって肯定した?」
「したなぁ」

 ほら赤、前向いて。とん、と肩を叩かれ視線を上げる。開会式は、文化祭の注意事項のアナウンスが終わり、今まさに幕を下ろそうとしていた。

 羞恥と混乱で暴れ狂う内心をひた隠し、なんとか表面上は取り繕う。なんで『そうかも』って思ったことをそのまま口にしちゃったんだ俺。馬鹿なのか? 脳みそ処理落ちしてんのか? おい横。なににやついてんだ小突くぞ。

「では、生徒は教室に戻って――」
「あ、ちょっと待って。風紀委員長はこの場に残ってくれ。話がある」

 司会の言葉を遮って円が言う。圧を込めるような物言いに、青はうげぇと舌を出す。

「このブラコンが」

***

 円に呼び出された青と別れ、教室へと顔を出す。
 文化祭一日目の今日は内部生だけの内輪の催しだ。

「よし、来たね」

 ところで、うちのクラスの出し物は仮装スタジオなんだが。

「なんで俺の写真を売ろうとしてんの?」
「手が滑っちゃって」

 いつの間にやら試し撮りと称して撮られた写真が物販コーナーに並べられているのだ。肖像権って知ってる?

「椎名が嫌だったらやめるけど……」

 ちらり、名残惜しそうな目が写真を見る。警察官にマフィアに海賊、執事にスーツ、それと猫の着ぐるみパーカー。多種多様な衣装に身を包んだ俺がずらり勢揃いだ。

 衣装の多さに後半のものは疲れ顔だが……。

「いい写真だな」
「っじゃあ!」
「いいよ。けど、明日は外部の人が見に来るから控えてくれよ。流石に恥ずかしい」
「やったー! 椎名愛してる〜!」

 まだ客入りの時間ではないのに、教室はすでに大盛り上がりだ。
 学園の大半から嫌がらせを受けてた間も変わらぬ態度で接してくれたクラスメイト。最近嫌がらせの減ったことを自分のことのように喜んでくれた。

 想いに応えたかった。

「俺も、愛してるよ」

 ぎこちない親愛の言葉に一瞬の静寂が訪れる。神妙な顔つきで目を合わせあったクラスメイトだったが、どっと両手を掲げて駆け寄ってくる。

「椎名〜〜ッ!」
「文化祭楽しもうな〜〜!」
「例によって総合一位をとったクラスは十二月のクリスマスパーティーで特等席に行けるらしいよ」

 三浦の付け足した情報で、歓声は更に大きくなる。話を聞くに、どうやら特等席というのは会場内に設置されているバルコニー席のことのようだ。桜楠学園のクリスマスはイルミネーションが鮮やかだから、なかなか人気のある特典のようである。

 それはそれは、なんというか。

「勝ちたくなる話だな」

 ぽつり零すと、いくつもの拳が天井に掲げられる。

「優勝するぞ!」

 ああなんだか。負ける気がしない。






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