あの夏の日を忘れない
24
 写真を内ポケットに仕舞って靴を履く。待たせた、と合流する俺に柴は目を眇める。

「靴箱に何かありました?」
「いや、何も」
「……そうですか。手間取っているように思ったので」

 にこ、と笑う柴に失敗したなと思う。怪しまれている。隠そうという気持ちが先行して開口一番に否定してしまった。本当に何もなかったなら、少しは間を開けて否定するべきだったのに。

 溜息を吐き、カバンから手紙を出す。

「これが入ってた」

 差し出すのは、暴言の綴られたノートの切れ端。移動教室の時でも狙っているのか、目を離した隙に机に仕込まれている嫌がらせの一つだ。

「いつものだから、報告するまでもないと思った。悪かったよ」

 そんなに気にされると思っていなかったという風を装う。今度は信じたらしい柴は納得したように頷き、手渡した紙に目を落とす。

「雑魚ほどよく吠えるってやつですね」
 
 不愉快そうに眉を顰めた柴は、ぐしゃりと紙を握り込みポケットに入れた。行きましょうかと話を切り上げた柴によかったと安心する。なんとか誤魔化しきれた。

 内心をおくびにも出さず、柴と共に寮に帰る。今日の十九時、音楽室。コメカミの辺りがずきんと痛んだ。

***

 夜。

 三浦が自室に籠もっていることを確認し、そっと部屋を抜け出す。夜七時ともなると空の闇も深い。三浦はヘッドホンをして作業をしていたし、何より一旦集中するとちょっとやそっとのことには反応しない。何かの拍子に不在のバレることがあるかもしれないが、暫くは大丈夫だろう。
 手紙の裏に書いてあった窓に手を掛けると、抵抗もなくするりとレールを滑る。どうやらロックの機能が壊れているようだ。後で風紀に報告しておかなくては。
 外靴のまま廊下を歩く訳にもいかず、靴を脱ぎ靴下になる。

「……、」

 音楽室に向かう。
 夜の学校は薄暗く不気味だ。ホーとフクロウの鳴く声が時折聞こえるが、それ以外に物音は聞こえない。廊下の先は闇に溶けている。歩き慣れたはずの距離が、酷く長く思えた。

 音楽室に着く。扉に手を掛けると、やはりするりとレールを滑る。視線を上に向けると小窓の鍵部分が割られていた。小窓から忍び込んで扉の解錠をしたようである。

 ドアを開けた俺に気付いたらしい。小窓を割った男――否。男達、だ。歓迎するような笑みを浮かべ、役者じみた仕草で腰を折った。

「ようこそ。お待ちしてましたよ、副委員長?」

 皮肉っぽく役職名を呼ぶ男に、口を引き結ぶ。リーダー格か。嘲笑う気持ちを前面に出す男はどう見ても小物だ。小物だと思いながらもここまで来てしまった自分がいるのもまた事実。弱くなったものである。

「越か?」

 橙の教えてくれた名前を思い出しつつ尋ねる。小馬鹿にした表情で鼻を鳴らし、「そうだと言ったら?」と問い返される。一々癪に障る物言いだ。

「……で。越、一体何が目的なんだ。何がしたい」

 勝手に越と決めつけ話を促す。相手にされないことが不服なのだろう。気分を害したように顔を顰める。名前自体を否定する様子はないから、越賀羽本人で合っているようだ。

「分からない?」

 ああ、本当に回りくどい。不愉快そうにしながらも挑むように問いを投げる越は、なるほど確かに自尊心が高そうだ。

「分からないか、そうかぁ……。俺はね、副委員長」

 うっとりと何かに陶酔するように口を緩めた越は、楽しそうにその続きを紡ぎ出す。

「あなたの苦しむ顔が見たいんだ」

 まるで無邪気な子供のように。





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