あの夏の日を忘れない
42 漆畑蓮side
 邪魔と言う渋川さんに追い立てられ、店の隅を陣取る。家の方で仕事があるらしい赤と青を除いてColoredの幹部は全員ビードロの賑やかし客と化していた。緑と桃は二人で仲良くあやとりをしている。今年に入ってからというものもっぱら二人で行動しているため、一緒に遊べるものを求めた結果なのだとか。なぜそこであやとりなのかというのはつっこんではいけないポイントである。

 片方が成熟しきっていないような幼さを醸し出しているとはいえ、いい年した高校生男児が二人仲良くあやとりというのはなかなか寒い光景だ。背景で青の改造したエアコンが足をカタカタ回しているというのもシュールさを増幅させている。
 赤がいればな、と溜息を吐く俺にあやとりをしていた二人が絡んでくる。

「橙〜、赤がいなくて寂しいんでしょー!」
「馬鹿野郎ッスね。赤さんは忙しいから来ないでしょうに」
「ねー! ホントお馬鹿さん! しょうがないからあやとりに飽きた僕たちが構ってあげないこともない!」
「なくもない!」

 はぁ、赤の顔が見たいな。

 再び溜息を吐き、スマホの音声アプリを立ち上げる。イヤホンを耳に嵌めると、二人は俺のスマホを覗き込んだ。

「何聴いてるの〜? っていうか返事してよ僕寂しいじゃん。ねぇ、聴いてる? ね〜ぇ!」
「うわ、赤フォルダって書いてる何コレ。……赤(412日目)って何スかこわい。こわい」

 出会ってからの日にちに決まってるだろうに。何を言ってるんだこの馬鹿犬。内心呆れていると、耳からイヤホンをひったくられる。

 ぴくっと眉尻を釣り上げる俺を気にせず、二人はイヤホンを耳に嵌め、顔を引きつらせた。

「あー…、あー…、そういう?」
「あぁ、このフォルダ、赤の声録音したやつなんだ! 相変わらずヤバイね!」

 なるほどと理解を示した桃は、えいっという間抜けな掛け声と共にフォルダを削除する。

「あぁ!??」
「うわびっくりしたー。やっと喋った! いきなり大声出さないでよね」
「殺す」
「きょわ〜い!」
「桃、きょわ〜いなんて言ったら馬鹿がばれちゃうからメッ! ちゃんとこわーいって言わないと橙も分からないッスよ」
「あっ、そっか! 橙ごめんね。こわーい!」

 律儀に言い直すな腹の立つ。

 殴りかかろうとしたところで両手を桃に掴まれる。ガルル、と唸る俺を人畜無害そうな緑が後ろから組みついた。のほほんとした顔して俺より強いとかムカつく。ぶん殴りたい。

「死ね」
「橙めっちゃ怒ってる〜! でもさぁ、赤が心配だから〜えいって! やっちゃうくない? 消しちゃうよね?」
「消しちゃうッスねー。俺ら悪くない超無罪〜!」
「有罪、死刑」
「そんなこと言ってると裁判官になれないぞっ!」

 きゃぴ、と愛想を振りまきながら言う桃にイラっとする。解けない組みつきを諦め、足を振り回し攻撃を狙う。危な〜い! と軽やかに避ける桃。流れ弾を食らったらしい緑はようやく拘束を緩めた。痛、という声に桃は俺の額にデコピンする。

「いっけないんだ〜!」
「ぐっ!?」

 バゴッ、という人の額でしてはいけない音が聞こえた。と同時、音に見合った衝撃が額に走る。頭が割れたのではと額に手をやるも、どうやら裂けたりはしていないようだった。……潰す。

「四月十五日、六月九日、六月十一日、七月二十日」
「えっ何! 何の日!」

 急に日付を呟き出した俺に桃が動揺する。きょわち! と緑にしがみつき、「きょわいっスよ」と言葉遣いを正されている。プルプル震える桃に、一枚の写真を差し出す。

「ななな何でこの写真持ってるの!」
「何の写真っスか」
「僕が拾い食いして寝込んでる写真!」
「い……、四発殴らせろ。そしたら許さないけど殴り殺すのはやめてやる」
「最初一発って言おうとしてたじゃん! 何で増やすの! っていうかどのみち確定四発食らうんじゃんー! やだよ僕の方が強いのに!」

 ぶぅたれる桃に、手札を召喚する。

「四は……五発殴らせてくれたら青に言うのやめるけど」
「えっ、青に……っ?」
 さぁ、と顔を青ざめさせた桃はぎゅうと緑の首に抱きつく。

「青の、あのネチネチネチネチとした説教……」
「しかも今回はあんなに注意された拾い食いでの腹痛……。どれだけ怒られるか楽しみだね?」

 以前にも拾い食いで腹を壊し、青に膝詰め説教を食らった桃は途端眉を下げはじめる。

「ひっ、ひきょーだよー!」
「物覚えが犬以下の自分を恨むんだな、駄犬」

 むーと唸る桃は、自分がエゲツない力で緑の首を絞めていることに気付いていない。緑の顔色は生き物の枠から徐々に外れているが、俺は忠告しない。桃が消すのを止めなかった時点でこいつも同罪である。命をもって罪を贖ってほしい。

 ぽんぽんと逝きかけの力で桃の腕を叩いた緑は、気付いた桃によりなんとか一命を取り留めた。残念。あっさりと復活した緑は、俺と桃の間に立ちはだかる。

「橙! 桃を虐めるんじゃありません! どうしても殴りたいなら俺っちを倒してからにするっスよ!」
「つまり桃の代わりに殴られますよってこと?」
「えっ、いや違っ」
「そうなの?! 緑ありがとう! 緑のことは忘れないよ! な〜む〜」

 カッコいい台詞を言いたいだけの緑の言を桃は都合よく利用する。へぶっ!? と濁った悲鳴を上げた緑は今度こそ地面に伏した。

 桃は緑の頭近くに座り、「アーメン」と手を合わせる。仏教なのかキリスト教なのかどっちだ。
 さてと、と独りごち桃の拾い食いの証拠をLINEで青に送る。無言で作業する俺に気付かず、桃はでもさぁと伸びをした。

「橙がデータのバックアップ取ってないなんて珍しいよねー?」

 いくら録音にしても、と言う桃に思わず首を傾げる。

「取ってるけど」

 クラウドに上げてるし、なんならさっき消されたデータも脅す片手間にパソコンからデータを送り、すでに復活させている。当たり前のことなのに、桃ははぁ? といきりたつ。

「なにそれー! 僕殴られ損じゃんー!」
「直接音を撮ったスマホのデータを消すなんて充分断罪対象だろ」

 殴られたのは緑だろうに、というツッコミは呑み込み言う。きもちわるー、と騒ぎ立てる桃を無視していると、ビードロの扉が乱暴に開かれる。けたたましいベルの音に目をやると、そこには冷たい瞳をした赤がいた。スマホが振動し、着信を知らせる。画面に表示された名前に、タイミングの良い、と臍を噛んだ。さっきの連絡が原因だろう。

 今にも死にそうな顔をした赤は、入った時と同じように入り口で佇んでいる。赤? という渋川さんの気遣わしげな声を聞きながら俺は電話に出る。

「青」
『、なんだ』

 出鼻を挫かれた青は戸惑い気味の声で応答する。

「ビードロ。来ないと多分、後悔するよ」

 一方的に告げ、電話を切る。別に、来なくても問題はない。弱る赤に付け込むのは俺だけでありたい。それでも、対等に勝負したいと思うのも本当で。

「赤、」

 まるで周りの様子など気にする様子のない赤は、俺を見てパッと表情を変える。掴み掛からんばかりの勢いで近づいてきた赤に戸惑いつつ、何? と首を傾げる。

「橙、俺の、母さんが」

 母さんがと幼子のように繰り返す赤は、崩れ落ちて口にした。

「橙、助けて」

 ずっと俺の、求めた言葉を。






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