あの夏の日を忘れない
39
 翌日、最終日。
 午前中、俺たちは会議でポスターや広報について話し合い、割り当てられた部屋の片付けをした。昼食を食べおわると、いよいよ青の別荘から学校に出発だ。

 マイクロバスの中。行きと同じように隣りに座ろうとした青から逃げ、神谷の横を陣取る。不審げな視線にへらりと笑うと、神谷はますます顔を顰めた。

「喧嘩でもしたんですか」

 ちらりと青を見ながら言う神谷に、そんな感じ、と言葉を濁す。ふぅんと事もなげに言った神谷は、まぁいいですけどと頬杖をつく。

「……大丈夫ですか」
「?」
「昨日」

 首を傾げる俺に、神谷は言葉を足す。昨日……。そういえば、昨日はあのズタボロな姿を最後に、青の部屋に引きこもったんだった。

「忘れてるなら、聞くまでもないみたいですね。へっぽこが相変わらずへっぽこで何よりです」
「心配かけて悪かった」
「……心配する権利くらい僕にもあるんですから放っておいてください」

 謝罪に、神谷はぶすっと不機嫌そうな顔をする。ぐりぐりと自身の眉間を揉みほぐした神谷は、溜息を吐き俺に向き直った。

「あの先輩たちには心配させておいて、俺には心配させないつもりですか」

 睨み付けながら吐き捨てられ、唖然とする。

「最初の態度とはえらい違いだな……」
「誤魔化さないでください」
「いや、悪い。そんなつもりはなかったんだが、つい」

 苦笑する俺に、神谷は苦い顔をする。後ろの奴に断り、少し席を倒した神谷は、背もたれに体を預けながら呟いた。

「僕は、馬鹿なんです」
「……そうかな」

 簡潔だが、最初の態度を指しての言葉だと分かった。多少面倒な奴ではあったが、ポッと出の奴が優遇されていたら面白くないと思うのも道理だ、と思うのだが。

「大体、相沢委員長も意地が悪いんですよ。どうしたら認めるんだ、とか最終的にアンタが副委員長になるのは決定事項の聞き方じゃないですか」

 あんな聞き方、馬鹿は乗せられるに決まってるでしょう。
 自分を馬鹿だと言いながらも相沢先輩には怒っているようで、神谷は不満げに愚痴を重ねる。相沢先輩なら、あの一言に「決定事項だ黙ってろ」くらいの意味は込めていそうだなぁと愚痴を聞きながら考える。というか、実際込めていたのだろう。あの人、性格悪いし。

 表情だけで同意を示す俺に、神谷はスッと手を伸ばす。頬に手を乗せ、親指で目の下を擦る神谷に、思わず身を縮める。

「泣いてないですね」
「昨日だって泣いてなかっただろ」
「……あんな顔、泣いてた方がマシなくらいだ」

 言われる程酷い顔をしていただろうか。してたんだろうな。自覚がないだけで。

「死んだかと思った」
「あぁ、俺も円が溺れた時は流石に」
「違うっ!!」

 遮り、怒鳴る。びくりと体を震わせた俺に、神谷はハッとし視線を落とした。

「なんで」
「……、」
「なんで、アンタは自分を大事にしてくれないんだ」

 さっきの大声で、バスの中の視線はこちらに集まっている。それでも、神谷はそれに気付いていないかのように言い募る。

「新歓の時も、F組での勉強会の時も、……事件の時も、今回も。なんで自分を危険の中に置くんだよ。僕は、言った。何回も、心配だって言いましたよね。どうしたら止まってくれるんです? 何がアンタの枷になるんですか」

 戸惑う俺を置き去りに、神谷は言葉を重ねる。声は段々大きくなっていっていた。自棄になったように前髪を後ろに撫でつけた神谷は、ああもうまどろっこしいと吐き捨てる。

「好きです。アンタが心配なんです。傷つくのが嫌なんです。結局僕は馬鹿だから、アンタが傷つかなければそれでいいと思ってる! アンタが、あんな顔をするくらいなら、全部全部、壊れればいい! ねぇ先輩、頼むから」

 僕をアンタの枷にしてよ。

 混乱の最中。縋るように抱きしめる神谷を、ただ呆然と眼に入れる。周囲の声も、視線も、全てが曖昧で。神谷の腕の力だけがやけに浮いて感じられた。





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