あの夏の日を忘れない
28
 揺れる車内。昼食を食べた体はとろりとした眠気を訴えはじめる。生徒会と風紀の交流会の移動手段は、意外や意外マイクロバスだった。前の座席の二村や牧田はすっかり眠っているのか、二人で頭を寄せ合ってこぢんまりと座っている。ふわ、と欠伸をすると隣に座った青が眠い? と俺の肩を抱き寄せる。

「……んー、少し」
「別荘まではまだかかる。寝ても大丈夫だぞ」
「……じゃあちょっと」

 促されるまま目を瞑り、背もたれに体を預ける。青の手が俺の頭を撫で、肩へと乗せる。いい感じの高さで寝やすい。いいポジションはどこかと頭を移動させると、青の控えめな笑い声が聞こえた。眠気が体に充満する。時折意識が途切れる。夢と現実の境界がまどろみに溶かされるのを感じた。

「椎ちゃんせんぱーい」
「あれ、北斗、先輩寝てるよ」
「おい土屋ツインズ、椎名が起きるだろ。静かにしろ」

 生徒会の双子と、青の叱る声。もしかして椎ちゃん先輩って俺のことか。やけにかわいい呼び方だな、とぼんやり思った。

「椎ちゃん先輩ってー、髪黒くしたらまどちゃん先輩に似てるよねー?」
「ね、黒くしたらいいのに」

 きゃっきゃと楽しげに話す双子。二人の会話に、徐々に意識が浮上していく。話し声と物を漁る音。頭に何かを乗せられる感触。重たい目蓋を無理矢理開け、きょろ、と視線を彷徨わせる。バスの窓に映る自分と目が合う。ぞわりと背筋が沸き立つ。

「会長みたい!」
「ねっ、やっぱりそっくり!」

 カツラだろうか。窓に映る自分の姿は黒髪で。寒気が背骨を撫で上げる。カチ、と歯が鳴る。それがどんな感情によるものか、今の俺には分からない。漠然とした、得体の知れないものに足元を蝕まれる。俺自身を砂状に切り崩される。ぽろぽろと、指先から俺が消えていく。

「赤ッ!」

 体を誰かに揺さぶられる。パサリと黒髪が落ちる。されるがまま揺られていると、不意にぱしんと音が聞こえる。頬を叩かれたのだと理解したのは、痛そうに顔を歪めた青が俺の頬を撫でるのを認めた時だった。

「赤、」
「……ぁ」

 ……そうだ。俺は、
 こみ上げた吐き気に、くぐもった声が喉奥から迫り上がる。胃の収縮で胸が塞がる。う、と口を押さえる。

「酔った、かも」
「!? 一回停めるか!?」
「や、そこまでじゃない。……平気だ」

 顔を上げ、戸惑った顔で俺をじっと見守る双子をじっと見やる。吐き気を押さえ込み、おいと話しかけると、何が起こったか理解できていないらしい双子はびくりと肩を揺らした。 

「……お前ら双子を否定はしねぇ。だがそれはお前らのやり方を全面的に肯定するってことじゃねぇ」

 吐き気を堪えた声は平時より格段に低い。唸り声にも似た声に双子はハク、と口を開閉させる。内臓が重だるい。もう一度窓を見ると、今度はしっかりと俺の姿が映った。さらりと頬を滑る金髪にほっと息を吐く。窓に映る自身の姿の向こう側で、山道はぐんぐんと後ろへ流れていく。

「……わりぃ、俺もう一回寝るから。もう席に戻った方がいい。運転中のバスの中で彷徨くもんじゃない」

 もう話す気はないと青の膝に頭を乗せる。唐突な俺の挙動に青の背が一瞬後ろへ引き、また戻る。双子のまだ何か言いたそうな空気を感じながら、気付かないふりをする。青は双子にほら、と声をかけた。

「もう席に座っておけ。そろそろ揺れが激しくなる」

 その言葉を裏付けるようにバスが大きく揺れる。咄嗟に座席を掴み揺れに耐えた双子は、でも、と口ごもる。いいから、と押し切る青が俺の手を握り込む。青の手がきゅ、と強まったのを見て、ようやく手が震えていたことに気付いた。顔を膝に押しつけると、青は俺の頭をゆるりと撫でる。

「早く席に戻れ」
「う、うん」
「ごめんなさい……」

 落ち込んだ声。二人の気配が遠ざかる。席に戻ったのか。

「赤、」

 柔い声が俺を呼ぶ。
 
「……うん」
「由」
「なに」

 ガタン。
 バスが揺れる。衝撃で痛くならないようにだろう、青はそっと俺の頭を持ち上げた。暫くすると、揺れが一旦収まる。頭を膝に戻すと青はまた右手で髪を撫でる。左手を膝と頭の間に挟んだままなのに、甘やかされているなと息を吐く。深呼吸をすると少し体が楽になる気がした。ぐり、と腿に頭を押しつける。

「ほら、赤。寝ちゃえ」

 赤、赤。
 確かに俺は由だと引き戻すような。助けて。決してそうは言っていないのに。どうして。疑問は訪れたまどろみにさらわれた。おやすみ。見送る声はまた、優しい。  





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