あの夏の日を忘れない
14 宮野千景side
 風紀室を飛び出したところで、行く当てがある訳でもない。誰が悪いのか。そんなこと、自分が一番よく分かっていた。頬を叩いても、あの人の視線はブレさえしなかった。チクショウ、と壁を叩く。喧嘩慣れしていない拳は、立てた音の小ささに対し意外なほどの痛みを訴えた。

「なんで、」

 殴った手が痛むなら、殴られた側だって痛いはずなのに。腫れるかと思われた頬には、湿布さえしていなかった。俺のせいで頬を腫らしているのも嫌だが、取るに足りないと涼しい顔をされているのも癪だ。委員長が副委員長ばかりに気を取られているのも気に食わなかった。

 それが、このざまだ。どうすべきか、気持ちの整理も付かず、ずんずんと中庭を横切る。テスト前に何をしているんだか。堪らず自嘲する。スマホを取り出し、副委員長の連絡先を開く。自分の捻くれたメッセージが目に入り、思わず唸る。罪悪感に蓋をし、欲望のままに振る舞うのもそろそろ限界だった。俺は、好きな人にあんな目をさせたかった訳じゃない。敵視していた人だけが走り去る背中に声をかけてくれるなんて。俺は何がしたかったんだ。

 情けない気持ちを抱えつつも、これ以上無様を晒すのはプライドが許さなかった。通話ボタンを押し、相手の応答を待つ。プルルル、という飾り気のないコール音は長々と続いた。プツ、という音に口を開く。言おうとした言葉は、『電話に出ることができません』という無機質な機械の声に遮られた。留守番電話に切り替わる旨を告げる音声に、ほっと息を吐く。電話に出ないことに安心した自分を自覚し、顔を顰める。こほんと咳ばらいをし、音声の後に話し出す。

「……っあー、さっきは飛び出してきてすみませんでした」

 あんたのことは気に食わないけど、と余計なことを口にする。言い訳のように本題から逸れたことを口走りかける自分を自制し、続きを話す。自分が間違っていたと口に出して認めるのは思いの外胆力を要した。

「俺が、間違ってたって……分かりました。す………、みませんでし……ッ!?」

 口籠りながら謝罪をすると同時、腹に衝撃が走る。ごは、と内臓を押しつぶされ空気が漏れる。視界の端で先程まで持っていたスマホが転がった。膝から崩れ落ち、床に転がる。頭の上で「電話中か」と呟く声が聞こえた。直後、転がったスマホに手が伸び、電源が落とされる。

「風紀がこんなところまで何しに来た?」
「こんなところ……?」

 辺りを見れば、そこは中庭でも立ち入りを敬遠されている場所。北校舎の付近だった。考え事に没頭するあまりいつの間にかF組のテリトリーに踏み込んでしまっていたらしい。

「まぁいい。ちょうど溜まってたところだし? おい、コイツ連れてこうぜ」
「おっ、いいな。久々に遊ぶか」

 チンピラ二人は地面に転がる俺を俵持ちにし歩き出す。焦りに焦る俺とは対照的に、男たちはのんびりとした調子で会話を始めた。

「最近よぉ、なんか色々とやりづれぇよなぁ」
「二年のくせに二村と牧田が幅効かせやがるからなー」
「あーあいつらなぁ。風紀に肩入れしてるからか最近いい子ちゃんだからなぁ」

 嘲る言葉に水をかけられたような錯覚を覚え、抵抗を止める。もしかして、あの俺がF組と呼び馬鹿にしていた二村は、F組の行動を抑えていてくれたのだろうか。俺がFだと見下している間、二村は着実に風紀として仕事をこなしていた。屈辱と、不甲斐なさとで歯噛みする。

 そうこうしている間に目的地に着いたらしい。ガラリと空き教室の開けられた音に背筋が冷える。手足をバタつかせ、抵抗する。大人しくしろと尻を思い切り叩かれる。ズボンを穿いているにも関わらず鳴った、素肌を叩かれたような音にびくりと震える。

「下手に逃げられても困るしもうズボン脱がすべ」
「おっ、ありだな」

 嫌だと元を腰元を引っ掴み身を捩る。男は順調にズボンを下ろせないことに焦れたのか、舌打ちをし俺を投げ捨てた。乱暴な扱いに息を詰める。骨が床に当たったのか、全身が痺れるように痛かった。う、と呻きながら男の背に視線をやる。男は教卓の中を覗きこむと、ハサミを手にし戻ってくる。動かない体を捩り、起きあがろうとする。俺の動きに気付いたもう一人は、ケラケラと楽しそうに体を床に縫い付けてきた。

「暴れるとハサミが目に入っちゃうかもよ」

 クク、という笑い声交じりの脅しに、目を見開く。俺の体の強張りを見た男は、ハサミでひたひたと俺の股間をズボンの上から叩いてくる。

「オイ、あんま脅すんじゃねーよ。チンコ縮むだろうが」
「どーせ使わないんだから別に良くね?」
「あー、確かに」

 冗談じゃない。
 ケラケラという笑い声。ズボンの腰部分に差しこまれたハサミの冷たい感触。シャキリと布の断ち切られる音。もう嫌だ、助けてほしい。誰か。委員長、と脳内で縋りかけハッとする。そうだ、俺が襲われたのは副委員長に電話をしている最中だった。あれを聞いてどうにか助けてくれないだろうか。思うと同時、自分がここにいる経緯を思い出す。ダメだ、助けてくれる訳がない。俺がどこにいるかなんて知りようがないし、第一あの人は俺のことを仲間じゃないと言っていた。

 ハサミを入れた箇所を掴み、ズボンを引き裂く。太腿が外気に晒される。膝裏までズボンを下げられたせいで身動きが取れない。それでもただ犯されることは耐えがたく、距離を取ろうと後ずさる。

「ダァメ」

 窘めるように、ズボンと股の間に足を差しこまれる。ひっ、と漏れ出た悲鳴を他人事のように聞いた。差しこまれた足は、俺の股間を乱暴に踏む。

「う゛ッ、あああ゛ッ」
「じっとしてたらきもちーだけなんだから」
「チンコ嬲りながら言うセリフじゃねー。俺もやってい?」
「踏むのそんな楽しくねーぞ?」
「えっ、マジで。じゃあ俺上脱ぅがそ」

 脱がす、と言ったくせに男は平然とハサミを手に取りシャツを切りだす。刺されたらと思うと怖くて動くことができない。抵抗を躊躇している間に、シャツは切り刻まれる。身につけているのは、パンツ一枚だけ。男は手にしているハサミを俺の胸に寄せ、撫であげる。冷たい感触が乳首に走る。怖い。嫌だ。気持ち悪いのに、気持ちがいい。嫌だ、最悪だ。嫌だと腕を動かすも、関節を抑えつけられる。

「ちょん切れちゃうよ」

 ハサミの刃が、飾りを柔く挟む。必死に首を振ると、笑い声が返ってくる。

「お願いしますは?」
「……、嫌だ」
「嫌じゃねーんだよ。切れちゃうぞ?」

 切れない程度に加減しながら、ハサミが乳首を挟んだり離したり弄ぶ。視界の端で男が動くと同時、下着がずらされたのを感じる。足をばたつかせると、差しこまれた男の足に股間が擦れる。

「俺の足でオナるんじゃねーよ」
「ちが、」
「おい、まだお願いしてねーだろ。さっさとしろ」

 なんで俺がお願いしなくちゃいけないんだよ。理不尽な言葉に心が折れる。屈辱よりも、目の前でチラつく銀色の存在が恐ろしくて。歪む口角を無理やり開いた。

「……します、」
「聞こえねー。切るぞ」
「っ、お願い、切らないで……ッ!」

 渾身のお願いは、どうやらおめがねに敵わなかったらしい。チッと面白くなさそうに舌打ちをすると、苛立ったように男は俺の口にブツを突っ込んできた。頭に乗るようにして抜き差しされる青臭い男根にむせ返る。嘔吐く俺を微塵も気にかけず、男は俺の頭に圧し掛かる。

「あー、あったか」
「お、そっちの具合いいの?」
「んー。あー、イキそう」

 あー、という声と共に、頭に全体重を預けられる。ぶるる、と震える男の腰と、イカ臭い匂い。喉の内壁を穿つブツのせいでむせることすらできなかった。酸素が足りない。脳が白む。息が苦しい。遠ざかりかけた意識は、急に流れ込んできた酸素により蘇生する。ブツが出ていったのだと気付く頃には、下半身に違和感があった。

「あー、入らね」
「ローションないからじゃん?」
「そうなんだけどー。ないじゃん?」

 無理やり行くか、という一方的な宣言の後、下半身に圧力がかかる。フン、と力む声の後、僅かに穴が開かれる感覚がした。

「やーっぱ入らね」
「ローション取りに戻る?」

 相談を始めた男たちに、もしかしたら助かるのではと期待する。

「でもなー、」

 男はもう一度腰を進めてみせる。やっぱだめだ、と断じると、もう一人の男にローションを取りにいくよう命じた。指示された男は、不満そうに首を傾げる。

「えー? 俺が取りにいってる間によろしくしてたら面白くないじゃん?」
「しねーよ、多分」
「するんじゃん。やだよ」
「あれ? 先輩方、何してるんです?」

 言い争う声に、新たな声が乱入する。期待し、顔を上げ、絶望する。やってきたのは、スキンヘッドの男だった。





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